細い路地を抜けて大通りに出る。すぐに此方に進んでくるタクシー見つけて、ヘッドライトの眩しさに目を潰されそうになりながらも、大きく手を挙げた。
慌ただしく車内に乗り込みながら、菜穂が住むマンションの近くにあるコンビニ名を運転手に告げた。流れていく景色を窓越しに眺めながら、着信履歴の一番上、羅列されている番号に発信する。
4回目のコール音が途切れ、通話に繋がる。『あっくん…?』と、か細い声が鼓膜を揺らして、ばかみたいに胸が苦しくなった。
「今どこにいんの」
『家の、ちかく。どこ探していいか、分から、なくて…っ』
ひどく息切れしている様子だった。きっとこの暗闇の中、涙を流しながら走り回っているんだろう。容易く頭に浮かんで、ぐっと手を握り締めた。
「今、そっちに向かってる」
『でも、』
「俺が着くまで待ってて」
有無を言わさぬ勢いでそう告げて、返事も聞かずまま通話を切った。暗闇に染まり切った街を映す窓に頭を寄せる。微かに伝わる揺れを感じながら、酔いを醒ますように目を閉じた。
何がいいのか、悪いのか。誰が正しくて、誰が間違っていたのか。それが分からないからこそ、生きていける事もあるのかもしれない。
まだ、微睡《まどろ》みの中でしつこく輝き続ける記憶を辿っているような思いだった。
不甲斐ない俺を乗せたまま進みを止めない車は、夜の匂いが充満する街を走り抜けて行った。