縋るような声に、スマホを握り締める手に力が籠る。ふざけんなって、叫んでやりたかった。
「電話する相手、間違えてるんじゃねえの」
――縋りたかったのは、いつも、俺のほうだ。
ひどく冷めた声でそう言ったら、機械の向こう側で息を呑む音が聞こえた気がした。数秒の沈黙が流れた後、菜穂の震える声が響く。
『…うん。そうだ、よね』
「……」
『ごめん、…ごめんね』
もう一度、ごめんなさい、と小さく呟いた菜穂は『切るね』と消え入りそうな声を最後に残して、通話を終わらせた。ツー、ツー、という無機質な音しか聞こえなくなっても、まだ耳からそれを離せないでいた。
「真島さん?」
何も言わず、微動だにしない俺を不思議に思ったのか、羽賀ちゃんの声が背後に響いた。ようやく耳から離したそれを黙ってポケットの中に戻す。向き直れば、正面に立つ羽賀ちゃんが曖昧に笑った。
「菜穂って、太陽くんママの菜穂ちゃんですよね?」
疑問形ではあったけれど、その口ぶりはどこか確信しているようなものだった。俺がその言葉に何かを返すよりも先に、彼女の声が続く。
「気づいてなかったかもしれないですけど、真島さん、私の前で何度か菜穂ちゃんのこと、そう呼んでましたよ」
「…」
「知り合い、ですよね?」
しかも、けっこう深い仲でしょう?
そう続けられて、いよいよ視線を合わせる事ができなくなった。下降した視界に、コンクリートの海が映る。