しんと静まり返った空間で、彼女の声が揺蕩《たゆた》う。俺との間合いを一歩詰めた彼女は、依然として俺の目をまっすぐに見つめていた。
「一応言っておきますけど、私は下心ありまくりで誘いました。このまま何もないだなんて、いやです」
伸びてきた細い指先が、きゅっと服の裾を掴む。視線と同じくまっすぐにぶつけられる言葉に、胸が詰まるような感覚が走った。
「この先は、ないんですか?」
「…」
それが冗談ではなく、本気で問うているんだという事は、その声からもその目からも、ありありと伝わってきた。だからこそ、どんな声を返すべきなのか分からなくなる。
指輪は捨てた。スマホの中に当たり前のように存在していたあの名前も、もうとっくに消した。
前に進むしかないんだと何度も言い聞かせた足は、一体どこに辿り着けるのか。始まらせるのが怖いのか、それとも再び終わってしまうのが怖いのか。
「…俺、会社の下の子に手ぇ出すほど、馬鹿じゃない」
取っ散らかった思考のまま、どっちつかずな言葉を口走っていた。そんな俺に彼女は笑う。「ばかだなあ」そんな言葉を零して。
「ばかになっちゃったほうが、楽ですよ」
ちいさなその身体では当然 無理な事なのに、すべてを包んでくれそうな声色に、ただ縋り付きたくなった。
自分本位の考えを捨てきれないまま、だらりと垂れているだけだった腕を持ち上げる。