仕事をしない上司に猛獣のようなパートおばちゃん、そして使えない出向者。間に挟まれた柳井君はさぞ大変だろうと思うのに、忙しい自分の仕事の合間にもちゃんと私の状況を見ていてフォローしてくれる。
そして柳井君はいい意味で人たらしだ。

「仁科さんが来てくれて、僕たちすごく助かってるんです。矢部さんだって口には出さないけどそう思ってますよ」

こんな風に、誰かが辛い時、欲しい言葉を自然にかけられる人。

「僕、仁科さんに辞めて欲しくないです」

「や、辞めないから大丈夫」

ああ、これだもの。
柳井君は「よかったぁ」と嬉しそうに笑い、食後のオヤツを差し出してくる。

「ミルクチョコいけますか? 僕、これ好きなんです」

「私もビターよりミルクの方がが好き。ありがとう」

甘いミルクチョコを舌の上で転がしながら考えた。
例えば、だけど。上昇志向でガツガツするより、柳井君みたいな男の人と一緒にいたら、ずっとぬくぬくのんびり幸せなんじゃないかな、って。

『タママートにエリートなんていないでしょ』

母はあんなこと言うけれど、エリートと結婚することが幸せの絶対条件だろうか?

『ペンしか持ったことがないような男は駄目よ』

数年前に結婚した大学の同窓の友人が力説していた。彼女は実家が水害に遭った際にお世話になった大工の若い棟梁と恋に落ち、結婚して幸せに暮らしている。
片や高校時代の友人たちは〝ペンしか持ったことがない〟エリートを巡り熾烈な結婚レースを繰り広げている。

エリートか非エリートか。
経済力か人柄か。
お見合いか恋愛か。

理想の結婚って何だろう?