安達は顔を合わせるたび、律儀に手を替え品を替え、持てるすべての語彙をもって俺を褒めそやした。
その褒め言葉によって、彼女の言うように自分の容姿を好きになれたわけではない。
ただ、初めは鬱陶しかったその底抜けな明るさを、なぜだかだんだんと面白く感じるようになった。
くるくると変わる表情は、いつまで見ていても飽きることがない。
彼女と話をしていれば、斜に構えがちで計算高い自分でさえも、不思議と素直にさせてくれる。
いつしか「安達の好きなこの顔で生まれてよかった」と調子のいいことを考えるようになった自分に気づいたとき、俺は心の中で呆れて笑った。

「どうしたの?」

「えっ?」

「なんか嬉しそう」

ふいに安達から声をかけられ、俺はハッと我に返った。
いつの間にかゆるんでいたらしい口元を恥ずかしく思い、苦し紛れに手の甲で覆う。
するとなぜか、彼女もまた嬉しそうにからからと笑った。

「そっちこそ、何笑ってんの」

「ううん。私ね、いつもの澄ました顔も好きだけど、やっぱり橋野の表情が崩れるのを見るのが好きだなぁと思って」

安達の言葉は今日も眩しいくらいに真っ直ぐだ。
にへらと気の抜けた笑顔が、今の俺にはおそろしくかわいく見える。
まさに恋とは盲目であるらしい。
不思議だ。
初めは彼女のことをあんなにも苦手にしていたはずなのに。
何の気なしに吸い寄せられるようにして近づくと、俺が作った影が安達にぴったりと重なった。
さらに距離を詰めれば、その目が大きく見開かれていく。

この子が好きだなぁ、と思うのだ。
ただ単純に、ひたすらに。

「……なっ、まっ、待ってっ!」

あと少しで唇が重なる瞬間。
間抜けな声を出して静止を求めた安達に、俺はがっかりしつつも素直に彼女から離れた。
いや、なんとなくこうなることは予想していたけれど。

「今キスするタイミングっぽくなかった?」

「そうかもしれないけど!」

「けど?」

「顔が綺麗すぎる! このままだとあまりの美しさに目が潰れてしまう!」

この期に及んでまだそんな言い訳をする安達を白い目で見つめる。
しかし珍しく顔を赤らめて閉口した彼女に、不思議と自分の心が満たされていくのを感じた。
安達の言葉を借りれば、“自分だけに見せてくれる特別な顔”を見れたせいなのかもしれない。
なるほど、たしかにこれは面白い。

「俺とこういうことするの、嫌?」

「嫌なわけないじゃん……! でもいきなりだったからちょっと毛穴とか産毛とか気になっちゃって」

「俺あんまり視力よくないから、ぜんぜん分からないけど」

「そういう問題じゃないんだよ! ていうか橋野はなんなの!? いつでも“剥きたまごです”みたいな肌しやがって!」

「ごめんね。生まれつき肌まで綺麗で」

「そのとおりだけどなんかムカつく!」

ポカポカと飛んできた安達の拳をたやすく受け止め、自分が心の底から笑っていることに気づく。

俺は安達が好きだ。
そして安達といるときの自分が好きだ。
こんなことを口走ったら調子に乗るに決まってるから、絶対に言ってやらないけれど。

「頑張って朝ドラ女優並みの透明感を手に入れるので、それまでちょっと待ってて」

「別に今のままで十分かわいいのに」

「うわあ! そういうこと言う!」

きっと彼女こそ、俺だけの天使だ。