橋野(はしの)は美少年だ。
そう言うと彼は決まって不満げな顔をするのだけれど(橋野はボクサーやレスラーのような、自分とは違う猛々しい男に憧れているからだ)、それでも美しいものは美しいのだから仕方がない。
色素の薄い髪色も、小柄で線の細い体形も、橋野を形作るものすべてが、私には繊細で尊いもののように思えた。

「橋野って綺麗な顔してるよね」

「またその話?」

脈絡もなく前の席の私から話しかけられた橋野は、眉根を寄せながら、その整った顔を思いきり歪めた。
そんな表情さえ麗しいのだから、やはり彼は本物の美少年だと思う。

安達(あだち)は本当に俺の顔が好きだね」

「好きって言うか、もはや信仰してるんだよね。神々しくて宗教画の中の天使みたい。たまに拝みたくなるもん」

「何それ頭ダイジョウブ?」

本気で憐んでいるような目をしながら、橋野が気だるげに頬杖をつく。
まばたきのたびに音がしそうなほど長いまつげが、彼の顔に影を落としていた。

「あっ、でも顔だけじゃなくて、もちろん中身も好きだよ」

「はあっ!?」

橋野の白い頬がほのかに染まっていくのを、ただ、綺麗だなと思いながら見つめる。
彼はいつも澄ました顔をしているけれど、私の発言だけで、こんなふうにころころと表情を変えてくれるのだ。
そんな彼を見るのが、私はとても好きだった。

「好き好き大好きあいらーびゅー」

私のふざけた返答に、橋野があからさまなため息を吐く。
橋野は美少年だ。
それに素直で、とてもかわいい。



「はっしのー!」

私は基本的に、いついかなる場合でも、橋野の姿を見かけたら話しかけずにはいられない。
もうここまでくると、己に課せられた使命のようなものだと思っている。
放課後、美術室の窓際で絵を描く橋野を見つけた私は、陸上部の部活中であるにもかかわらず彼の元へと駆け寄った。

「やっぱ美少年は何をしてても美しいね!」

「別に、絵を描いてるだけでしょ。安達は何してんの?」

「私は外周をランニング中」

「じゃあサボってないで走りなよ」

「橋野を見かけたら話しかけずにいられなくて」

そう言うと、橋野は私から視線を逸らして黙り込んだ。
あ、その照れて困ったような顔もかわいい。
こんな表情を見ることができたのだから話しかけた甲斐があったなぁと、私は一人でほくそ笑む。

「馬鹿なこと言ってないで。はい、サヨナラ。部活ガンバッテ」

「もう冷たい! そんなところも好きっ!」

冷たくあしらわれたことに文句を垂れるものの、たしかにこれ以上は絵を描くことに集中している橋野に悪いだろう。
そう思い、ふたたび炎天下の外周ランニングに戻ろうと、素直に踵を返す。
しかし先ほどまで軽快に動いていたはずの足は、なぜだか絡まるようにもつれてしまった。
そのまま激しくすっ転び、右腕を下にして倒れる。

「安達っ」

体中に衝撃が走ったのと同時に、背後から橋野の焦った声が聞こえた。
やばい、橋野に心配かけちゃう。
早く立ち上がらないとと思うものの、私の体は糸の切れた操り人形のようにぴくりとも動かせなかった。

「安達、大丈夫っ? 怪我してない!?」