看護師が去ってすぐ、近くの木から悟の病室を見守っていた烏は、また窓のふちに立っていた。

「で、悟、おまえこれからどうすんの?」
「どうするって、何が?」

烏が期待を込めた瞳で悟を見て問うが、悟はその意味がわからず首を傾げる。

「せっかく面白い能力に目覚めたんだから、何か面白いことしねぇの?」

確かに誰しもが一度は考えるはずだ。『もし、超能力を手に入れたら何がしたいか』と。ただし、それは王道な瞬間移動や透明人間といった超能力の場合である。悟が得たものは、あまり派手な超能力ではないので(うな)りながら腕を組んで悩む。


この超能力で面白いことって、何ができるんだろう?


そして、ふと思い出したことがある。小さい頃に出会った野良犬、田んぼを散歩する蛇、しゃがんでようやく気づく働き蟻、夕方に聞こえる烏の声……彼らは一体何を考えているんだろうか、と。

「取材、とかしてみようかな? 動物の取材」

ぽつりと悟の口からこぼれ落ちた。

「取材、か。そういえば、オレの観察対象は人間ばっかだったからなぁ。動物の取材……何かそれ、面白そうだな! オレもついてっていい?」
「いいよ! それより、きみって名前なんて言うの?」

悟は今更ながらに自分の名前は教えたのに、烏から名前を聞いていなかったことを思い出す。

「名前? 勝手に自分たちでつける連中もいるけど、オレは別に(こだわ)りないからないぞ?」
「そうなの?」

これから一緒に過ごすことを考えれば、名前がないと不便だなと悟は思う。

「不便だから名前つけていい? それともきみが自分でつける?」
「面倒だから、勝手につけてくれ」

悟は思わず目を丸くした。それは、これから先何度も呼び続けるためのものだから、一緒に考えた方がいいだろうと思っていたのに丸投げされてしまったからである。


本当にこだわりがないのか……。


「わかった」

黒いから『クロ』というのは安直(あんちょく)な気がするし、烏は全員真っ黒だからなと悟は考える。烏といえば夕日だから『ゆうひ』にするのもパッとしない。悟は烏のイメージから一旦離れて窓ふちに立つ烏のことだけを考えてみることにした。


──おまえ、死ぬの?

──おまえ、生きてたんだな

──動物の取材……何かそれ、面白そうだな! オレもついてっていい?


好盛(こうせい)……好盛(こうせい)はどうかな?」
「こうせい? 何か普通の人間みたいな名前だな……」
「別のにする?」

いまいちだっただろうか、と悟は烏の顔色を(うかが)いながら聞くが、悟には烏の顔色など分かるはずもない。

「いや、こうせいでいい。ちゃんと考えてつけたのは見てたからわかるし。で、何で"こうせい"なんだ?」
「好奇心旺盛だから、最初と最後をとって"好盛(こうせい)"」
「うん、オレって感じするな。この辺で好奇心旺盛なのはオレぐらいだと思う」

名前の由来(ゆらい)に納得する好盛(こうせい)が威張っているように見えて悟は思わず吹き出し笑う。

「じゃあ、これから宜しく、好盛!」
「あぁ、よろしくな! 悟!」

だが、心配性の両親は(しばら)く遠出を許してはくれず、結局は実行に移しはじめたのは三年後の冬であった。