「ちょっと……何やってんのよ……?」
フラフラしながらパイプ椅子を運んでる私に背を向けて、諒は屋上のど真ん中で胡座をかいて座っている。
新生徒会としても学校側としても初めての試みで、いったいどれぐらいの生徒が参加してくれるか予想もつかないから、運べるだけの椅子を運ぼうと言い出したのは諒のほうなのに、私一人に運ばせて自分は休んでいるとは――。
じっとしていたって汗が浮かんでくるほどの気温の中。
他のみんなが帰って来る前に済ませなければと、こっちは必死になって動いているのに。
「諒!」
私の怒りの呼び声に、諒は呑気に振り返った。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ! さっさと働いてよ!」
両手に持ったパイプ椅子を振り上げんばかりの剣幕の私に、諒は大きな目を眇めてちょっと意地悪な笑い方をする。
「……こわっ! そんなにカリカリすんなよ……ちょっといいこと思いついたんだ……お前も来てみろよ」
「いいこと?」
どっちにしたってこのままじゃ、私一人が疲れきるばっかりだ。
手にしていた椅子をその場において、私は座り込んでいる諒の所へと行った。
「ちょっとここ。ここに座って」
隣を指されるから、素直に腰を下ろす。
諒と仲良く並んでこんな所に座っているなんて、なんだか変な気分だった。
長い沈黙。
諒がなんにも言わないので、私が口を開く。
「何? ……ここがなんなの?」
諒はやっぱりなんにも言わないまましばらく私の顔を見ていたけれど、そのうちにはああっと大きなため息をついた。
「お前に想像力ってもんはないのかよ……今、俺たちがなんのために働いてんのかを考えれば、気づくと思うんだけどなあ……」
頭を抱える諒は、呆れたというよりは悲しんでいるようにさえ見える。
あからさまに馬鹿にした顔をされるのも腹が立つが、憐れまれるのだってやっぱり腹が立つ。
「あのね……今は時間がなくって、私だってかなり焦ってるの……まったくこの忙しい時に……なに? 言いたいことがあるんだったらもったいぶらずにさっさと言ってよ!」
諒が私に負けず劣らずムッとしたことは、すぐにわかった。
「ああ、そうだな……お前に期待した俺がバカだった……! だからお前と組むのだけは嫌だったんだよ!」
「それはこっちのセリフなのよ!」
立ち上がってもとの作業に戻ろうとした私の肩を、諒がグイッとつかんだ。
そのまま右側を向かされる。
「いいか? こっちが西。それでこっちが南。東。北」
順番に無理やり四方を確認させてから、諒が私に尋ねた。
「どうだ? 何が見えた?」
「何って……」
聞かれるまでもない。
市街地の外れに建てられた星章学園の周りには、四階建ての校舎以上に背の高い建物なんて存在しない。
「何も見えないわよ……」
「だろ?」
ほんのついさっきまで私に負けないくらい怒っていたはずなのに、ふいに笑いかけられるから、一瞬ドキッとする。
諒のファンの斎藤さんたちじゃないけれど、諒は顔だけ見ているぶんには可愛い。
確かに可愛い。
いかにも嬉しそうに、楽しそうに輝きだす表情に思わず見惚れそうになってしまうから、私はそんな自分を必死で振り払う。
「つまりさ。ここだったら椅子なんかに座んないでも、こうやって座ってるだけでほぼ全方向の星が見れるってこと……! 誰が希望を出したのか分からないけど、本当に星の観察にはうってつけの場所だよ、この屋上!」
なんでそんなに嬉しそうなんだろう。
どちらかといえば文系科目が得意な私とは対照的に、理系科目に強い諒だから、きっと天文関係も好きには違いないんだろうけど、それにしたって楽しそうだ。
ゴロンとそのまま後ろに転がって、頭の下で両手を組む。
「こうやって寝転がったらもっと凄い! 360度……視界全部が星空だ!」
大いばりの諒がおかしくって、思わず私も笑ってしまった。
さっきまで口喧嘩していたことはこの際水に流して、隣にゴロンと横になる。
「ほんとだ! ……ねえ、このほうがいいんじゃない? 下手に椅子なんか用意するよりも、屋上中どこにでも座ったり転がったり出来るようにしておいて、好きな格好で観察すればいいのよ!」
「やっぱり、そうだよな!」
喧嘩したって、文句を言いあったって、次の瞬間には笑いあうこともできる。
諒と私の間には遠慮なんてないから。
いつだって本心と本心をぶつけあってるから。
よく似たもの同士なゆえに喧嘩も多いが、こうしておんなじ思いで笑いあうことだってできる。
(隣にいてラクだなんて言ったら……どんな顔されるだろ? だって急にそんなこと言われたって……私だって困るもの!)
すっかり西の空に傾きかけているというのに、太陽はまだジリジリと照りつけるように暑かった。
じっとその場に転がっていたって、やっぱり汗が浮かんでくる。
でもこんなふうにちょっと作業を中断して、空を仰いで見るのは悪くなかった。
「うん……悪くない! きっといいはずだよ!」
隣にいる諒のほうは見ないまま。
空を見上げて私は叫んだ。
「それで二人仲良く昼寝をしてたっていうんだな……?」
「な、仲良くなんかないわよ! それに昼寝って言ったって……みんなが来るまでほんのちょっとの間、うつらうつらしちゃっただけで……」
「……それを昼寝って言うんだよ」
「ごめんなさい……」
「ごめん……」
呆れきった顔の剛毅に、私と諒は首を竦めて頭を下げた。
「べつに謝ることはないよ……」
貴人がニッコリと微笑む。
「確かに諒と琴美が身を持って実験してくれたように、ここは椅子なんかなしで観察したほうが良さそうだ……だったらビニールシートを敷くだけで、たいした準備も必要なくなるし……」
いつもながらに朗らかな声で取り成してくれるから、ホッとする。
貴人は顎に軽く人差し指を当てて考えるようなポーズを取りながら、次々と私たちに指示を出した。
「じゃあ剛毅は体育主任に、体育祭の時のシートを使わせてもらえるかどうか確認して来て。諒は悪いんだけど……途中まで運んだ椅子を戻しておいて。琴美……それから他の女性陣も……手が空いたんならちょっとお願いがある……」
貴人のお願いとあらば、聞かないわけにはいかない。
喜んで顔を出した私同様、繭香も美千瑠ちゃんも可憐さんも夏姫もうららも揃った。
貴人はどこから準備して来たのか、たくさんの色紙と糊やはさみを私たちにさし出す。
この時期にその道具を見れば、貴人が私たちに何を頼みたいのかは一目瞭然だった。
「とびっきり大きな笹を準備したからさ……なるべくたくさん、派手に頼むよ。実際に星空から見たって、『おっ! あそこの願いごとを一番に聞いてあげよう!』って思ってもらえるくらいに……!」
「ってことは……願いごとをみんなに書いてもらうのね?」
小首を傾げて笑う美千瑠ちゃんに、貴人もニッコリと笑い返す。
「そう! 当日、みんなで飾り付けたいと思うんだけど……どう?」
「賛成!」
「私も良いと思う。学校で七夕なんて、小学校どころか幼稚園以来かも知れないけど……きっとみんな喜ぶわよ」
可憐さんにも太鼓判を押されて、貴人はうんうんと何度も頷いた。
「じゃあ、とびっきり豪勢で見栄え良い吹流しをよろしく!」
にこやかに手を振りながら、本人曰く――まだまだ秘密行動――に走って行ってしまった。
「元気だな……」
思わず呟く私に、繭香が間髪入れずに口を開く。
「誰かのために何かをしてる時が、一番幸せっていう奇特な人間だからな……」
言い方には多少問題があるが、人のために働く貴人を好意的に見守っている繭香の心境はよく伝わってきて、ついつい私まで笑顔になってしまう。
「確かに……!」
「貴人だったらきっと短冊に書く願いごとだって『みんなの願いを叶えてください』なんて書きそうだよね」
どうやら冗談のつもりで笑う夏姫に、繭香は真顔を向ける。
「一言一句違わずに、幼稚園の頃そう書いてた。間違いない……!」
一瞬の沈黙のあとに、辺りには私たちの大爆笑が響き渡ったのだった。
フラフラしながらパイプ椅子を運んでる私に背を向けて、諒は屋上のど真ん中で胡座をかいて座っている。
新生徒会としても学校側としても初めての試みで、いったいどれぐらいの生徒が参加してくれるか予想もつかないから、運べるだけの椅子を運ぼうと言い出したのは諒のほうなのに、私一人に運ばせて自分は休んでいるとは――。
じっとしていたって汗が浮かんでくるほどの気温の中。
他のみんなが帰って来る前に済ませなければと、こっちは必死になって動いているのに。
「諒!」
私の怒りの呼び声に、諒は呑気に振り返った。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ! さっさと働いてよ!」
両手に持ったパイプ椅子を振り上げんばかりの剣幕の私に、諒は大きな目を眇めてちょっと意地悪な笑い方をする。
「……こわっ! そんなにカリカリすんなよ……ちょっといいこと思いついたんだ……お前も来てみろよ」
「いいこと?」
どっちにしたってこのままじゃ、私一人が疲れきるばっかりだ。
手にしていた椅子をその場において、私は座り込んでいる諒の所へと行った。
「ちょっとここ。ここに座って」
隣を指されるから、素直に腰を下ろす。
諒と仲良く並んでこんな所に座っているなんて、なんだか変な気分だった。
長い沈黙。
諒がなんにも言わないので、私が口を開く。
「何? ……ここがなんなの?」
諒はやっぱりなんにも言わないまましばらく私の顔を見ていたけれど、そのうちにはああっと大きなため息をついた。
「お前に想像力ってもんはないのかよ……今、俺たちがなんのために働いてんのかを考えれば、気づくと思うんだけどなあ……」
頭を抱える諒は、呆れたというよりは悲しんでいるようにさえ見える。
あからさまに馬鹿にした顔をされるのも腹が立つが、憐れまれるのだってやっぱり腹が立つ。
「あのね……今は時間がなくって、私だってかなり焦ってるの……まったくこの忙しい時に……なに? 言いたいことがあるんだったらもったいぶらずにさっさと言ってよ!」
諒が私に負けず劣らずムッとしたことは、すぐにわかった。
「ああ、そうだな……お前に期待した俺がバカだった……! だからお前と組むのだけは嫌だったんだよ!」
「それはこっちのセリフなのよ!」
立ち上がってもとの作業に戻ろうとした私の肩を、諒がグイッとつかんだ。
そのまま右側を向かされる。
「いいか? こっちが西。それでこっちが南。東。北」
順番に無理やり四方を確認させてから、諒が私に尋ねた。
「どうだ? 何が見えた?」
「何って……」
聞かれるまでもない。
市街地の外れに建てられた星章学園の周りには、四階建ての校舎以上に背の高い建物なんて存在しない。
「何も見えないわよ……」
「だろ?」
ほんのついさっきまで私に負けないくらい怒っていたはずなのに、ふいに笑いかけられるから、一瞬ドキッとする。
諒のファンの斎藤さんたちじゃないけれど、諒は顔だけ見ているぶんには可愛い。
確かに可愛い。
いかにも嬉しそうに、楽しそうに輝きだす表情に思わず見惚れそうになってしまうから、私はそんな自分を必死で振り払う。
「つまりさ。ここだったら椅子なんかに座んないでも、こうやって座ってるだけでほぼ全方向の星が見れるってこと……! 誰が希望を出したのか分からないけど、本当に星の観察にはうってつけの場所だよ、この屋上!」
なんでそんなに嬉しそうなんだろう。
どちらかといえば文系科目が得意な私とは対照的に、理系科目に強い諒だから、きっと天文関係も好きには違いないんだろうけど、それにしたって楽しそうだ。
ゴロンとそのまま後ろに転がって、頭の下で両手を組む。
「こうやって寝転がったらもっと凄い! 360度……視界全部が星空だ!」
大いばりの諒がおかしくって、思わず私も笑ってしまった。
さっきまで口喧嘩していたことはこの際水に流して、隣にゴロンと横になる。
「ほんとだ! ……ねえ、このほうがいいんじゃない? 下手に椅子なんか用意するよりも、屋上中どこにでも座ったり転がったり出来るようにしておいて、好きな格好で観察すればいいのよ!」
「やっぱり、そうだよな!」
喧嘩したって、文句を言いあったって、次の瞬間には笑いあうこともできる。
諒と私の間には遠慮なんてないから。
いつだって本心と本心をぶつけあってるから。
よく似たもの同士なゆえに喧嘩も多いが、こうしておんなじ思いで笑いあうことだってできる。
(隣にいてラクだなんて言ったら……どんな顔されるだろ? だって急にそんなこと言われたって……私だって困るもの!)
すっかり西の空に傾きかけているというのに、太陽はまだジリジリと照りつけるように暑かった。
じっとその場に転がっていたって、やっぱり汗が浮かんでくる。
でもこんなふうにちょっと作業を中断して、空を仰いで見るのは悪くなかった。
「うん……悪くない! きっといいはずだよ!」
隣にいる諒のほうは見ないまま。
空を見上げて私は叫んだ。
「それで二人仲良く昼寝をしてたっていうんだな……?」
「な、仲良くなんかないわよ! それに昼寝って言ったって……みんなが来るまでほんのちょっとの間、うつらうつらしちゃっただけで……」
「……それを昼寝って言うんだよ」
「ごめんなさい……」
「ごめん……」
呆れきった顔の剛毅に、私と諒は首を竦めて頭を下げた。
「べつに謝ることはないよ……」
貴人がニッコリと微笑む。
「確かに諒と琴美が身を持って実験してくれたように、ここは椅子なんかなしで観察したほうが良さそうだ……だったらビニールシートを敷くだけで、たいした準備も必要なくなるし……」
いつもながらに朗らかな声で取り成してくれるから、ホッとする。
貴人は顎に軽く人差し指を当てて考えるようなポーズを取りながら、次々と私たちに指示を出した。
「じゃあ剛毅は体育主任に、体育祭の時のシートを使わせてもらえるかどうか確認して来て。諒は悪いんだけど……途中まで運んだ椅子を戻しておいて。琴美……それから他の女性陣も……手が空いたんならちょっとお願いがある……」
貴人のお願いとあらば、聞かないわけにはいかない。
喜んで顔を出した私同様、繭香も美千瑠ちゃんも可憐さんも夏姫もうららも揃った。
貴人はどこから準備して来たのか、たくさんの色紙と糊やはさみを私たちにさし出す。
この時期にその道具を見れば、貴人が私たちに何を頼みたいのかは一目瞭然だった。
「とびっきり大きな笹を準備したからさ……なるべくたくさん、派手に頼むよ。実際に星空から見たって、『おっ! あそこの願いごとを一番に聞いてあげよう!』って思ってもらえるくらいに……!」
「ってことは……願いごとをみんなに書いてもらうのね?」
小首を傾げて笑う美千瑠ちゃんに、貴人もニッコリと笑い返す。
「そう! 当日、みんなで飾り付けたいと思うんだけど……どう?」
「賛成!」
「私も良いと思う。学校で七夕なんて、小学校どころか幼稚園以来かも知れないけど……きっとみんな喜ぶわよ」
可憐さんにも太鼓判を押されて、貴人はうんうんと何度も頷いた。
「じゃあ、とびっきり豪勢で見栄え良い吹流しをよろしく!」
にこやかに手を振りながら、本人曰く――まだまだ秘密行動――に走って行ってしまった。
「元気だな……」
思わず呟く私に、繭香が間髪入れずに口を開く。
「誰かのために何かをしてる時が、一番幸せっていう奇特な人間だからな……」
言い方には多少問題があるが、人のために働く貴人を好意的に見守っている繭香の心境はよく伝わってきて、ついつい私まで笑顔になってしまう。
「確かに……!」
「貴人だったらきっと短冊に書く願いごとだって『みんなの願いを叶えてください』なんて書きそうだよね」
どうやら冗談のつもりで笑う夏姫に、繭香は真顔を向ける。
「一言一句違わずに、幼稚園の頃そう書いてた。間違いない……!」
一瞬の沈黙のあとに、辺りには私たちの大爆笑が響き渡ったのだった。