「琴美ぃー早くしなさーい……! お友達、もう二十分も待ってくれてるのよー?」
階下から聞こえて来る呑気な母の声に、私は自分の部屋の扉越し、猛然と叫び返した。
「お友達なんかじゃないわよっ!!」
「えっ? ……何? …そのものズバリ言ったら悪いかと思って、せっかくごまかしてあげたのに……じゃあ彼氏って言ってもよかったのー?」
「か、彼氏なわけないでしょ! ありえないこと言わないで!」
これ以上余計な事を言われたらたまらないので、大急ぎで旅行バックに詰めこんだ荷物をひきずって、階段を駆け下りる。
「じゃあなに……? なんて呼んだらいいのよ……」
年甲斐もなく口を尖らせて不満を述べる母の横をすり抜けながら、急いで玄関の扉を開け、顔だけほんのちょっとふり返った。
「…………単なるクラスメート……いや……生徒会関係の知りあい?……」
「ええーっ? なにそれ、ひっどーい!」
何が酷いんだか、大声で叫ぶ母の声を隠す為に、急いで後ろ手に扉を閉める。
出来るだけ早急な対応をしたつもりだったのに、案の定、家の前で私を待っていた諒はこの上なく嫌な顔をしていた。
「いったいいつまで待たせるつもりなんだ! これじゃ早く家を出て来た意味がないだろ!」
かなり怒ってはいるが、どうやら母とのとんでもない会話は聞かれずに済んだようだ。
よかったと胸を撫で下ろしかけた瞬間、諒はクルリと私に背を向けて、盛大に毒づいた。
「しかも『単なるクラスメート』……『生徒会関係の知りあい』って……! 他に言いようはないのかよ!」
「………………!」
私だってちょっとどうかとは思ったのだが、他に思い浮かばなかったのだから仕方ない。
これが玲二君や剛毅たちだったら『生徒会の仲間』とすんなり答えていただろう。
しかしどうやら私は、諒に『仲間』という言葉を使うことがしっくりこないらしい。
(別に『仲間』だと思ってないわけじゃないわよ……でもなんか……なんか違う……)
スッキリしない気持ちの理由が自分でもよくわからなくて、思わず本人に問いかけてしまう。
「ねえ……だったらこういう時なんて言ったらいいの? ……あんたって私の何?」
諒はただでさえ大きな瞳をカッと見開き、一瞬私の顔を凝視したかと思うと、次の瞬間には顔を背け、あからさまにハアッと嘆息した。
「知るか! …………自分で考えろ!」
突き放すようなセリフと、実際私に背を向けて、私から取り上げた大きな旅行バックを自転車の後ろに載せ、さっさとこぎ出す背中に慌てる。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
急いで自分も自転車のペダルに足を掛けながら、あっという間に小さくなって行く諒の自転車を必死で追いかけた。
「諒! 諒ってば! 待ってよもう!」
気持ちほど早くは自転車がこげなくて、猛烈なスピードで疾走する諒になかなか追いつけない。
「待てーーっ!!」
昨日の疲れが抜けきらないままに迎えた文化祭二日目の朝だった。
『衣装を運ばなきゃならないから、劇の当日は誰かが琴美を家まで迎えに行かないとな……』
衣装係になっていた私に気を遣って、そう言い出してくれたのは玲二君だった。
男子の中でどういう話しあいがなされて、諒が来ることになったのかはよくわからないが、家が一番近かったからという理由なのだろう。
多分。
きっと。
前日の夜まで細々とした手直しを加えた衣装がぎっしりと入ったバッグを、私はひきずるようにしか持てなかったというのに、自転車から降りた諒は軽く背中に担いで歩くからビックリする。
女顔な上に華奢で小柄で、てっきり非力だとばかり思っていたのに、どうやら力だけは平均的男子並みにあったようだ。
(やっぱり迎えに来てもらってよかった……)
例え、外で待たせていたのと同じくらいの時間たっぷり嫌味を言われたとしても、そう思わずにはいられなかった。
「だいたいなんで……とっくに出来上がってた衣装を直前に直すんだよ……!」
いまだにブツブツと言いながら歩く背中を、小走りで追いかけて返事する。
「ちょっと変更点が出てきたのよ……いいじゃない……貴人がそうしたほうがいいんじゃないかって言うんだから……」
「なるほど貴人か……」
さも納得が言ったかのように呟かれて、なんだかムッとした。
「なによ」
「…………別に」
諒の歩く速度が上がる。
「お前さ……今日の後夜祭……」
しばらく黙々と歩き続けたあと、急にこちらをふり返って意を決したかのように口を開かれるから、必要以上に動揺する。
――いつもよりちょっと近過ぎる諒との距離に。
いつもどおりの可愛い顔に。
「な、なによ……!」
自分でも酷い対応だとは思ったが、諒もやっぱりムッと眉根を寄せてもう一度前に向き直った。
「……別に……きっと学校一の倍率だろうけど、ま、せいぜいがんばれよ……」
「…………は?」
一瞬呆けた直後に気がついた。
きっと後夜祭でのダンスのことを言われたのだ。
それも『学校一の倍率』なんて言葉を持ち出して来たからには、おそらく諒の頭の中では、私が踊りたいと希望している相手は貴人だろう。
そうに違いない。
(貴人と踊りたいなんて……! 私、別にそんなこと一言も言ってないわよ……?)
正直に自分の心をふり返ってみれば、そんな気持ちがないことはない気もするが、なぜだか無性に腹が立つ。
キッと諒の背中を睨みつけた私の顔は、きっと諒以上に不機嫌だったはずだ。
「…………あんたに言われたくないわよ」
怒鳴り返すわけではなく、静かな怒りを込めて返した言葉にも、諒は何も答えなかった。
「…………バカ!」
いつもだったら絶対にむきになって飛びかかって来る悪口にも、全然反応しなかった。
そのことがかえって私の怒りを増幅させた。
「ねえ琴美……本当にこんなふうにしたほうがいいって、貴人が言ったの……?」
まあるく膨らんだ袖のドレスに腕を通しながら、夏姫が何度目か私に念を押す。
「う、うん……確かにそう言ったんだよ……?」
あまりにもしつこく確認されるせいで、自分でもだんだん自信がなくなってくる。
夏姫の真っ直ぐな視線を正面から受け止めることに耐えきれず、あちらこちらと目を泳がせ始めた私に、繭香が助け船を出してくれた。
「まちがいない。私も確認済みだ。今さら四の五の言わないで覚悟を決めろ、夏姫……らしくないぞ?」
「うん。そうだね」
めいっぱい上から目線の繭香の口調にも、夏姫は腹を立てたりはしない。
かえってキュッと唇を真一文字に引き結んで、潔くドレスの中に頭を突っこんだ。
すぐに私たちの目の前に現われたのは、かなり個性的なドレスに身を包んだお姫様。
「ねえ……おかしくない?」
珍しく弱気になる夏姫の気持ちもわからなくはない。
けれど、なにしろ『貴人が決めたこと』なのだからと、私たちはみんなで全力をあげて太鼓判を押す。
きっとこれでいいはず。
たぶん……。
「大丈夫。大丈夫!」
「うん。良く似あってるよ夏姫!」
上半身はいかにもお姫様らしい夏姫のドレスは、下は超ミニスカート仕様となっていた。
腿の中央辺りで終わったスカートからスラリと伸びる細くて長い足が眩しい。
(確かに夏姫の足は綺麗だもの……そこを思い切って出しちゃおうっていう案はまちがってはいないと思う……)
私は貴人の決断を勝手にそんなふうに解釈していたけれど、実際の狙い目はそんなことではなかったんだとしみじみと思い知ることになったのは、まだちょっとあとになってからだった。
ちょっとふう変わりな『白雪姫』の舞台。
ふてぶてしいくらいに落ち着いていて、殺そうとしたってとても死にそうにはない夏姫の『白雪姫』は今日も健在だったけれど、練習とは変わっているところもあった。
それは、先日部活中に足を痛めた夏姫が、練習の時ほどは強烈なキックをくり出せなくなっていたこと。
おかげで散々「頼りにならない」と言われていた七人の小人たちは、ようやく姫を守って戦うというシーンを演じることができた。
「ようやく……! ようやく俺たちの存在意義が発揮されたよ!」
剛毅扮する猟師を初めて自分たちの手で撃退して、順平君はとても嬉しそうだ。
「くそっ! 足が本調子だったら負けやしないのに!」
悔しがる夏姫を、
「まあまあ……そんなに良い所全部一人で持っていく必要ないじゃん?」
とアドリブで慰めて、観客から歓声を貰っている。
夏姫が足を痛めているということを観客にもわかってもらうという意味で、短いスカートは実に役に立っていた。
最後まで長いスカートの裾さばきに戸惑っていた夏姫を、ほんの少し気楽にしてあげるという意味でも――。
(本当に貴人はなんでもお見通し……凄いな……!)
私の感嘆の思いは、物語がクライマックスにさしかかり、ついに夏姫の姫が玲二君の王子に出会った時、さらに大きくなった。
体育館の舞台の上。
目の前には大勢の観客。
ともすれば真っ赤になってしまって、セリフを言うことすらおぼつかないんじゃないかと心配していた玲二君だったが、今日の彼はまったくそんなものは眼中になかった。
ただひたすら、足を痛めている夏姫に負担がかからないようにと、そのことだけに集中しているのが、傍目にもよくわかる。
もともとが大きな体のわりに細かい気配りのできる人だから、怪我をしている女の子相手に抜かりはない。
しかも相手は彼がずっと想いを寄せている夏姫なのだ。
歩く夏姫に差し出される手の何気なさ。
かけられる言葉の優しさ。
そっと支えるように腰に回される腕まで、まるで自然だった。
なんの演技もそこにはなかった。
ありのままで――きっと玲二君は夏姫にとっては完璧な王子様だった。
かなりの数の女の子たちが、ぽうっと舞台の上の玲二君を見つめていたのも頷ける。
夏姫が心なし頬を赤く染めて、いつもよりしおらしい顔を見せていたのも無理はない。
(なんか……一緒に舞台に上がっててよかった……じゃなきゃ私まで気の迷いを起こしそう……)
スポットライトの中の二人をすぐ近くで見ていても、熱に浮かされたような気分になる。
「ねえ……やっぱりあんなふうにお姫様扱いしてもらえるのっていいよね……」
憧れを込めて、美千瑠ちゃんか可憐さんに言ったつもりだったのに、その時私の隣にいたのは諒だった。
「…………そうかよ」
「ぎゃっ!!」
思わず飛び上がってしまって、左右から「しーっ!!」と小声でたしなめられる。
物語は丁度佳境にさしかかったところ。
玲二君と夏姫のいいシーン中だった。
「べべべ、別にあんたに言ったんじゃないわよ……!」
「わかってるよ、そんなこと…………バーカ」
本来はムッとくるところなのに、思わずマジマジと諒の顔を見てしまった。
「なんだよ?」
諒にとっても私の反応が予想外だったらしく、真顔で聞き返される。
「な、なんでもない。ほら……舞台に集中!」
「お前が言うな」
私が慌てて目を逸らすのと同時に、諒も前を見てくれてよかったと思った。
そうでなければついついにやけてしまう顔を見られて、いよいよ訝しがられたに違いない。
(なーによ……朝はあんなに怒ってたくせに、もう忘れちゃってんじゃない……!)
諒がそんな奴だからこそ、自分がこんなにホッとしたなんてことはこの際どこかに置いておく。
(まったく自分勝手で、おこちゃまなんだから……!)
そのまますっかり自分に当てはまりそうな表現も、あえて気にしない。
心のどこかに引っかかっていた嫌な気持ちもすっかり晴れて、目の前でくり広げられる赤面もののクライマックスシーンを、私はたっぷりと心置きなく観賞した。
階下から聞こえて来る呑気な母の声に、私は自分の部屋の扉越し、猛然と叫び返した。
「お友達なんかじゃないわよっ!!」
「えっ? ……何? …そのものズバリ言ったら悪いかと思って、せっかくごまかしてあげたのに……じゃあ彼氏って言ってもよかったのー?」
「か、彼氏なわけないでしょ! ありえないこと言わないで!」
これ以上余計な事を言われたらたまらないので、大急ぎで旅行バックに詰めこんだ荷物をひきずって、階段を駆け下りる。
「じゃあなに……? なんて呼んだらいいのよ……」
年甲斐もなく口を尖らせて不満を述べる母の横をすり抜けながら、急いで玄関の扉を開け、顔だけほんのちょっとふり返った。
「…………単なるクラスメート……いや……生徒会関係の知りあい?……」
「ええーっ? なにそれ、ひっどーい!」
何が酷いんだか、大声で叫ぶ母の声を隠す為に、急いで後ろ手に扉を閉める。
出来るだけ早急な対応をしたつもりだったのに、案の定、家の前で私を待っていた諒はこの上なく嫌な顔をしていた。
「いったいいつまで待たせるつもりなんだ! これじゃ早く家を出て来た意味がないだろ!」
かなり怒ってはいるが、どうやら母とのとんでもない会話は聞かれずに済んだようだ。
よかったと胸を撫で下ろしかけた瞬間、諒はクルリと私に背を向けて、盛大に毒づいた。
「しかも『単なるクラスメート』……『生徒会関係の知りあい』って……! 他に言いようはないのかよ!」
「………………!」
私だってちょっとどうかとは思ったのだが、他に思い浮かばなかったのだから仕方ない。
これが玲二君や剛毅たちだったら『生徒会の仲間』とすんなり答えていただろう。
しかしどうやら私は、諒に『仲間』という言葉を使うことがしっくりこないらしい。
(別に『仲間』だと思ってないわけじゃないわよ……でもなんか……なんか違う……)
スッキリしない気持ちの理由が自分でもよくわからなくて、思わず本人に問いかけてしまう。
「ねえ……だったらこういう時なんて言ったらいいの? ……あんたって私の何?」
諒はただでさえ大きな瞳をカッと見開き、一瞬私の顔を凝視したかと思うと、次の瞬間には顔を背け、あからさまにハアッと嘆息した。
「知るか! …………自分で考えろ!」
突き放すようなセリフと、実際私に背を向けて、私から取り上げた大きな旅行バックを自転車の後ろに載せ、さっさとこぎ出す背中に慌てる。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
急いで自分も自転車のペダルに足を掛けながら、あっという間に小さくなって行く諒の自転車を必死で追いかけた。
「諒! 諒ってば! 待ってよもう!」
気持ちほど早くは自転車がこげなくて、猛烈なスピードで疾走する諒になかなか追いつけない。
「待てーーっ!!」
昨日の疲れが抜けきらないままに迎えた文化祭二日目の朝だった。
『衣装を運ばなきゃならないから、劇の当日は誰かが琴美を家まで迎えに行かないとな……』
衣装係になっていた私に気を遣って、そう言い出してくれたのは玲二君だった。
男子の中でどういう話しあいがなされて、諒が来ることになったのかはよくわからないが、家が一番近かったからという理由なのだろう。
多分。
きっと。
前日の夜まで細々とした手直しを加えた衣装がぎっしりと入ったバッグを、私はひきずるようにしか持てなかったというのに、自転車から降りた諒は軽く背中に担いで歩くからビックリする。
女顔な上に華奢で小柄で、てっきり非力だとばかり思っていたのに、どうやら力だけは平均的男子並みにあったようだ。
(やっぱり迎えに来てもらってよかった……)
例え、外で待たせていたのと同じくらいの時間たっぷり嫌味を言われたとしても、そう思わずにはいられなかった。
「だいたいなんで……とっくに出来上がってた衣装を直前に直すんだよ……!」
いまだにブツブツと言いながら歩く背中を、小走りで追いかけて返事する。
「ちょっと変更点が出てきたのよ……いいじゃない……貴人がそうしたほうがいいんじゃないかって言うんだから……」
「なるほど貴人か……」
さも納得が言ったかのように呟かれて、なんだかムッとした。
「なによ」
「…………別に」
諒の歩く速度が上がる。
「お前さ……今日の後夜祭……」
しばらく黙々と歩き続けたあと、急にこちらをふり返って意を決したかのように口を開かれるから、必要以上に動揺する。
――いつもよりちょっと近過ぎる諒との距離に。
いつもどおりの可愛い顔に。
「な、なによ……!」
自分でも酷い対応だとは思ったが、諒もやっぱりムッと眉根を寄せてもう一度前に向き直った。
「……別に……きっと学校一の倍率だろうけど、ま、せいぜいがんばれよ……」
「…………は?」
一瞬呆けた直後に気がついた。
きっと後夜祭でのダンスのことを言われたのだ。
それも『学校一の倍率』なんて言葉を持ち出して来たからには、おそらく諒の頭の中では、私が踊りたいと希望している相手は貴人だろう。
そうに違いない。
(貴人と踊りたいなんて……! 私、別にそんなこと一言も言ってないわよ……?)
正直に自分の心をふり返ってみれば、そんな気持ちがないことはない気もするが、なぜだか無性に腹が立つ。
キッと諒の背中を睨みつけた私の顔は、きっと諒以上に不機嫌だったはずだ。
「…………あんたに言われたくないわよ」
怒鳴り返すわけではなく、静かな怒りを込めて返した言葉にも、諒は何も答えなかった。
「…………バカ!」
いつもだったら絶対にむきになって飛びかかって来る悪口にも、全然反応しなかった。
そのことがかえって私の怒りを増幅させた。
「ねえ琴美……本当にこんなふうにしたほうがいいって、貴人が言ったの……?」
まあるく膨らんだ袖のドレスに腕を通しながら、夏姫が何度目か私に念を押す。
「う、うん……確かにそう言ったんだよ……?」
あまりにもしつこく確認されるせいで、自分でもだんだん自信がなくなってくる。
夏姫の真っ直ぐな視線を正面から受け止めることに耐えきれず、あちらこちらと目を泳がせ始めた私に、繭香が助け船を出してくれた。
「まちがいない。私も確認済みだ。今さら四の五の言わないで覚悟を決めろ、夏姫……らしくないぞ?」
「うん。そうだね」
めいっぱい上から目線の繭香の口調にも、夏姫は腹を立てたりはしない。
かえってキュッと唇を真一文字に引き結んで、潔くドレスの中に頭を突っこんだ。
すぐに私たちの目の前に現われたのは、かなり個性的なドレスに身を包んだお姫様。
「ねえ……おかしくない?」
珍しく弱気になる夏姫の気持ちもわからなくはない。
けれど、なにしろ『貴人が決めたこと』なのだからと、私たちはみんなで全力をあげて太鼓判を押す。
きっとこれでいいはず。
たぶん……。
「大丈夫。大丈夫!」
「うん。良く似あってるよ夏姫!」
上半身はいかにもお姫様らしい夏姫のドレスは、下は超ミニスカート仕様となっていた。
腿の中央辺りで終わったスカートからスラリと伸びる細くて長い足が眩しい。
(確かに夏姫の足は綺麗だもの……そこを思い切って出しちゃおうっていう案はまちがってはいないと思う……)
私は貴人の決断を勝手にそんなふうに解釈していたけれど、実際の狙い目はそんなことではなかったんだとしみじみと思い知ることになったのは、まだちょっとあとになってからだった。
ちょっとふう変わりな『白雪姫』の舞台。
ふてぶてしいくらいに落ち着いていて、殺そうとしたってとても死にそうにはない夏姫の『白雪姫』は今日も健在だったけれど、練習とは変わっているところもあった。
それは、先日部活中に足を痛めた夏姫が、練習の時ほどは強烈なキックをくり出せなくなっていたこと。
おかげで散々「頼りにならない」と言われていた七人の小人たちは、ようやく姫を守って戦うというシーンを演じることができた。
「ようやく……! ようやく俺たちの存在意義が発揮されたよ!」
剛毅扮する猟師を初めて自分たちの手で撃退して、順平君はとても嬉しそうだ。
「くそっ! 足が本調子だったら負けやしないのに!」
悔しがる夏姫を、
「まあまあ……そんなに良い所全部一人で持っていく必要ないじゃん?」
とアドリブで慰めて、観客から歓声を貰っている。
夏姫が足を痛めているということを観客にもわかってもらうという意味で、短いスカートは実に役に立っていた。
最後まで長いスカートの裾さばきに戸惑っていた夏姫を、ほんの少し気楽にしてあげるという意味でも――。
(本当に貴人はなんでもお見通し……凄いな……!)
私の感嘆の思いは、物語がクライマックスにさしかかり、ついに夏姫の姫が玲二君の王子に出会った時、さらに大きくなった。
体育館の舞台の上。
目の前には大勢の観客。
ともすれば真っ赤になってしまって、セリフを言うことすらおぼつかないんじゃないかと心配していた玲二君だったが、今日の彼はまったくそんなものは眼中になかった。
ただひたすら、足を痛めている夏姫に負担がかからないようにと、そのことだけに集中しているのが、傍目にもよくわかる。
もともとが大きな体のわりに細かい気配りのできる人だから、怪我をしている女の子相手に抜かりはない。
しかも相手は彼がずっと想いを寄せている夏姫なのだ。
歩く夏姫に差し出される手の何気なさ。
かけられる言葉の優しさ。
そっと支えるように腰に回される腕まで、まるで自然だった。
なんの演技もそこにはなかった。
ありのままで――きっと玲二君は夏姫にとっては完璧な王子様だった。
かなりの数の女の子たちが、ぽうっと舞台の上の玲二君を見つめていたのも頷ける。
夏姫が心なし頬を赤く染めて、いつもよりしおらしい顔を見せていたのも無理はない。
(なんか……一緒に舞台に上がっててよかった……じゃなきゃ私まで気の迷いを起こしそう……)
スポットライトの中の二人をすぐ近くで見ていても、熱に浮かされたような気分になる。
「ねえ……やっぱりあんなふうにお姫様扱いしてもらえるのっていいよね……」
憧れを込めて、美千瑠ちゃんか可憐さんに言ったつもりだったのに、その時私の隣にいたのは諒だった。
「…………そうかよ」
「ぎゃっ!!」
思わず飛び上がってしまって、左右から「しーっ!!」と小声でたしなめられる。
物語は丁度佳境にさしかかったところ。
玲二君と夏姫のいいシーン中だった。
「べべべ、別にあんたに言ったんじゃないわよ……!」
「わかってるよ、そんなこと…………バーカ」
本来はムッとくるところなのに、思わずマジマジと諒の顔を見てしまった。
「なんだよ?」
諒にとっても私の反応が予想外だったらしく、真顔で聞き返される。
「な、なんでもない。ほら……舞台に集中!」
「お前が言うな」
私が慌てて目を逸らすのと同時に、諒も前を見てくれてよかったと思った。
そうでなければついついにやけてしまう顔を見られて、いよいよ訝しがられたに違いない。
(なーによ……朝はあんなに怒ってたくせに、もう忘れちゃってんじゃない……!)
諒がそんな奴だからこそ、自分がこんなにホッとしたなんてことはこの際どこかに置いておく。
(まったく自分勝手で、おこちゃまなんだから……!)
そのまますっかり自分に当てはまりそうな表現も、あえて気にしない。
心のどこかに引っかかっていた嫌な気持ちもすっかり晴れて、目の前でくり広げられる赤面もののクライマックスシーンを、私はたっぷりと心置きなく観賞した。