来てしまったものはしょうがないというか、ここまで来たなら……たとえそれが一生のトラウマになろうとも見てみたいという……そんな気持ちも芽生えていた。

 夜に知らない場所に来たものだから変なテンションになってしまっているのか、好奇心も働いている。今を逃せば二度と悪夢の中に入るなんて経験はできないだろう……。


「ここが悪夢治療室。そのまんまの名前だね」

 けれど、やっぱりその部屋まで来ると怖いのほうが大きかった。

 増川が開いた扉の先に見えたのは仰々しいサイズの白い機械。人間ドックのような、酸素カプセルのような、デザインや色がなんとなく医療用の装置みたいではある。ちょうど人が1人入れるようなガラスばりの空間が設けられた装置が部屋の中にはあった。

 そして、その隣にはご機嫌そうに微笑んでいる院長の馬場。

「いらっしゃい若者たち。草部君もちゃんといるね。増川君一通り説明してあげた?」

「これからです。やりながら説明しようかと」

「そのほうがいいかもね。見たほうが早いし」

 馬場は機械の正面に立って、何やらボタンをいじり始める。

 いやいや、ちょっと待ってくれ。もうすぐ始めてしまうのか。まだ心の準備が……。凛太は焦りで気が気ではなかった。

「あのすいませんすいません。本当にこれ大丈夫なんですか。安全なんですよね?死にはしませんよね?」

 凛太が言うと、とまと睡眠治療クリニックの一同は口を揃えて笑った。

「そんな死んだりなんかしないよ。もしそんなに危険なバイトなら俺だってやってないし」

「かわいいですね。大丈夫、私たちが付いているから」

 笑い事じゃないと凛太は思ったが、その笑い声で吹っ切れることはできた。ろくに説明してもない癖に人のことを笑いやがって、やってやろうじゃねえかと。

 大体どこのバイトも新人に厳しすぎる。仕事内容を簡単に説明するけれど、いつもやってる人の感覚で教えられてもついていけないものなのだ。

「じゃあ、今からやることを説明するね」

「はい」

「今からこの何個かある機械のカプセルの中に入って、このヘルメットみたいな装置を頭にかぶって目を閉じます」

 機械の中には増川が言うとおり機械といくつものケーブルで繋がったヘルメットがあった。

「それで、機械のスイッチが入ると俺たちは眠って患者と同じ夢の中に入るのね。今回の場合は、会社員の男性31歳の方の夢の中。これはもうとにかくやったら分かるから。そこには俺と桜田さんもいるから安心して」

「……はい」

「夢の中でやることは入ってから説明するから、とりあえず行こう」

「……はい」

 凛太は諦めて、聞き返すことはしなかった、

「怖かったら目をつぶっててもいいからね。頑張ってみよう」

 凛太の肩を叩いて言うと、桜田はウキウキな仕草で機械の中に入った。こんな女性でも大丈夫なら大したことない可能性も見えてきた。

 続いて増川がその隣の機械へ……凛太も、馬場の手伝いを受けながら機械の中に入る。

 ガラスの内部は室内よりもひんやりと冷たくて、シングルベッドよりも少し狭いくらいのスペースがある。背中を支えるマットも程々に柔らかくて居心地は悪くない。

「おやすみなさ~い」

 置いてあったヘルメットをかぶって、目を閉じると馬場の声がガラス越しに小さく聞こえた……。

 不思議なもので、その声が聞こえると凛太は強烈な眠気に襲われた。何も考えられなくなる……心地の良い、静かな海の中にいるような……深く深く精神が沈んでいく。

 凛太は眠りに落ちた。

 これが想像をはるかに超える恐怖の始まりだった。