もっと怖いものを見たことがあれば、多少の恐怖には動じなくなる。さらに言うとそれはどの感情でも起こる人として当然の感覚だ。

 すごく悲しい事があった後は少し悲しい事があったとしてもすぐに乗り越えることができる。すごく腹が立つ事があると他の小さな揉め事は気にならなくなる。

 極上の快楽を味わった人間は今までの些細な快楽では満足できなくなってしまい、極上の快楽を求め続けてそこから抜け出せなくなってしまう。

 凛太もそれらと同じでほとんどの悪夢治療を怖がらずにこなすようになっていった。つまりは今まで自分が経験した中で一番怖かった体験が大きすぎて怖いと感じる感覚が麻痺してしまった。

 極限の状態で強烈な霊に反撃して思いもよらず殺した。しかもそれが本当は1人の人間の人格だった。この手に残る頭を叩き潰した触感よりも怖いものが無ければ凛太は恐怖しない。

 だから、ネットで「幽霊」と検索したら出てくるようなおおよそ想像がつくものでは凛太は作り物の人形にしか見えなくなった。

 そんな凛太は今日も悪夢治療バイトに望んだ。何食わぬ顔で病院内に入る。バイトを始めた当初ではまるで想像できなかった日常だ。

 バイト準備室に入ればまず悪夢ファイルを見た。これも体が覚えた習慣になった。

 大体目を細めたままで頭をかきながら見るようなものだ。しかし、その日の悪夢ファイルを見ると凛太はすぐに顔を近づけていつもとは勝手が違いそうなその悪夢に不安を抱いた。

「おはようございます。あ、草部君早いね」

「おはようございます」

 凛太が悪夢ファイルを見ているとこの日のバイトの相方である桜田が部屋に入ってきた。

 この悪夢の内容が本当に起こるのであれば今日の相方は桜田で良かったかもしれない……。

「今日の悪夢ファイルもう見たの?良いのきてた?」

「ちょっと特殊なのは来てました。どうぞ……」

「えーっと…………え、何これ…………超最高じゃんっ!」

 悪夢ファイルを見た桜田は予想通りの反応をした。目を大きく開いて頬を緩ませながら読んで、その後は紙を抱きしめた。喜びを抑えられない桜田の足はその場で短く走る。

「今日の夢大当たりだね。ここ最近で一番の」

 悪夢を面白さで当たりはずれと言っているのは桜田だけだった。そしてそれは当たりであるほど凛太にとっては難易度が高い。

「桜田さんもう1回僕に悪夢ファイル見せてください」

「ほら」

「ホラーゲームの夢を見てしまいます。ホラーゲームが忠実に再現された夢の中で殺される夢を。再現される夢は最近流行っているホラーゲームの闇憑き洋館(・・・・・)で、その舞台の洋館のどこかから夢は始まり自分は毎晩のようにゲームの刺客達から逃げて隠れて、その内捕まって殺されます。見るようになった原因は闇憑き洋館のプレイ動画をたくさん見たり自分でもやってみたからだと思うのですがゲームから離れても悪夢は終わりません」

「めっちゃ楽しそう。やばいやばい。うおおやる気出てきた」

「これ大丈夫ですかね。闇憑き洋館って桜田さんも前に話してたその……かなり難易度が……」

「うん。めちゃくちゃ怖くて難しいって有名な奴だよ」