ただ、倒れ伏した霊の死体を見ていた。背中姿だけなら霊ではなくただの女子中高生に見える。ひょっとしたら顔ももう元に戻っているかもしれない。
紺色のブレザーに紺色のスカート、長い髪が広がり制服を覆っている。その髪が集約した場所からは血が流れていた。
凛太が付けた傷だ。
「草部君……私のせいだよね。私が助けようって言ったから」
たぶん10分くらいは経ってから、後ろから声をかけてきた春山。凛太はゆっくり首を動かした。
「いや……俺のせいだ。やっちゃった」
形だけの夜空の下、2人して頭を下げるしかなかった。
凛太と春山は並んで倒れる女子中高生の前に座った。近くの塀に背中を預けて、膝を抱きかかえる。
「何で私意地張っちゃったんだろう。ただの勘のくせに……どうしよう」
「春山さんは悪くないよ」
春山がそう言ったので、自分はこう言うべきだと機械のように言った。そこに感情はこもっていなかった。誰が責任を背負ってくれようとしてもきっと同じ。今は……。
「もうどうしようもないのかな……どうしようどうしよう……本当にごめんなさい……謝ってもだめだよね」
「……とりあえず今は待つしかないよ」
春山をどう慰めていいのかも分からないし、その資格もないと凛太は思った。
「夢が覚めたら、馬場院長にこの夢のことを言ってみよう。それまでは……」
「もし何か責任を取らなきゃいけなくなったら私が負うから」
「いや、俺のせいだって」
「違う。私が……私が変だった。私が言ったように草部君はやったんだもん」
「どっちにしろ、俺ならどちらかを殺してた」
「でも、この人が主人格だから……その……えっと……」
「じゃあ、2人で責任取ろう」
息苦しさも無くなって、現実と変わらない夜の澄んだ空気が染み込むように体の中に入ってくる。冷たいけど心地が良い。だけど頭だけはすっきりしない。
春山は声や仕草からもあせっているようだったが、凛太が感じているのは焦りとはまた違う感情だった。胸が締め付けられるとか、背中が熱くなるとか焦りに似ているけど違う。もっとずっと重くて暗い。名もなき絶望の感情。
「春山さん……こんな時に聞くことじゃないかもしれないけどさ。どうして……どうして霊を怖がる感情があるのにこのバイトやってんの」
「私は……実はただお金がないから。収入の多いバイトやらないと学費も稼げないから。家が貧乏というか。本当にただそれだけ」
春山はすんなり答えた。話し方が考えながらという感じでもなかったので本当だと思った。こういう状況だからこそ隠す気も起きなかったらしい。
「ごめんね。こんな理由で」
「いや、全然謝ることないよ。立派だよ。こっちこそごめん聞いちゃって。秘密にする」
そこから、夢が覚めるまで凛太と春山の会話は無かった。少し待てば眠くなってきて、病院の悪夢治療室に意識が戻る。
褒めて出迎えた馬場。笑っていた馬場に凛太と春山はついさっきまで見ていた悪夢がどんなもので、最終的にはどうなったか。あらすじから結末までをすぐに話した。
2人の暗い表情を読み取った馬場は真剣な顔でその話を聞いた。
そして、話の終わりに2人は馬場に頭を下げて謝った。
「すみませんでした」
「……仕方なかったんじゃないかな」
すると、馬場は見た目からは想像できないほどに真面目な顔、真面目な声色になって、2人を諭したのだった。
「うん。君たちの話を聞いた感じではどうしようもなかったよ。この話は僕が預かるよ。あとは僕に任せなさい」
そんな風にやたらと頼りになるような雰囲気をまとって、凛太と春山の肩を順番に叩いた。
「間違いは誰にでもあるし。まだ間違ったかどうかは分からない。きっと誰がやってもなるようにしかならなかった。今は自分を許せるように考えなさい。責任は僕が取るから。もうバイトの時間は終わりだ。君たちは帰りなさい」
馬場は全く叱ることはしなかった。馬場に促されてみた時計の針は午前3時50分を差していた。
馬場は言い終わると、出口に向かって歩いて行った。
「あ、あとそうだ。最後に草部君。バイトは続けるかい?」
「はい。続けます」
様々な思いを巡らせて、夢から覚める前に出していた答えだった。
紺色のブレザーに紺色のスカート、長い髪が広がり制服を覆っている。その髪が集約した場所からは血が流れていた。
凛太が付けた傷だ。
「草部君……私のせいだよね。私が助けようって言ったから」
たぶん10分くらいは経ってから、後ろから声をかけてきた春山。凛太はゆっくり首を動かした。
「いや……俺のせいだ。やっちゃった」
形だけの夜空の下、2人して頭を下げるしかなかった。
凛太と春山は並んで倒れる女子中高生の前に座った。近くの塀に背中を預けて、膝を抱きかかえる。
「何で私意地張っちゃったんだろう。ただの勘のくせに……どうしよう」
「春山さんは悪くないよ」
春山がそう言ったので、自分はこう言うべきだと機械のように言った。そこに感情はこもっていなかった。誰が責任を背負ってくれようとしてもきっと同じ。今は……。
「もうどうしようもないのかな……どうしようどうしよう……本当にごめんなさい……謝ってもだめだよね」
「……とりあえず今は待つしかないよ」
春山をどう慰めていいのかも分からないし、その資格もないと凛太は思った。
「夢が覚めたら、馬場院長にこの夢のことを言ってみよう。それまでは……」
「もし何か責任を取らなきゃいけなくなったら私が負うから」
「いや、俺のせいだって」
「違う。私が……私が変だった。私が言ったように草部君はやったんだもん」
「どっちにしろ、俺ならどちらかを殺してた」
「でも、この人が主人格だから……その……えっと……」
「じゃあ、2人で責任取ろう」
息苦しさも無くなって、現実と変わらない夜の澄んだ空気が染み込むように体の中に入ってくる。冷たいけど心地が良い。だけど頭だけはすっきりしない。
春山は声や仕草からもあせっているようだったが、凛太が感じているのは焦りとはまた違う感情だった。胸が締め付けられるとか、背中が熱くなるとか焦りに似ているけど違う。もっとずっと重くて暗い。名もなき絶望の感情。
「春山さん……こんな時に聞くことじゃないかもしれないけどさ。どうして……どうして霊を怖がる感情があるのにこのバイトやってんの」
「私は……実はただお金がないから。収入の多いバイトやらないと学費も稼げないから。家が貧乏というか。本当にただそれだけ」
春山はすんなり答えた。話し方が考えながらという感じでもなかったので本当だと思った。こういう状況だからこそ隠す気も起きなかったらしい。
「ごめんね。こんな理由で」
「いや、全然謝ることないよ。立派だよ。こっちこそごめん聞いちゃって。秘密にする」
そこから、夢が覚めるまで凛太と春山の会話は無かった。少し待てば眠くなってきて、病院の悪夢治療室に意識が戻る。
褒めて出迎えた馬場。笑っていた馬場に凛太と春山はついさっきまで見ていた悪夢がどんなもので、最終的にはどうなったか。あらすじから結末までをすぐに話した。
2人の暗い表情を読み取った馬場は真剣な顔でその話を聞いた。
そして、話の終わりに2人は馬場に頭を下げて謝った。
「すみませんでした」
「……仕方なかったんじゃないかな」
すると、馬場は見た目からは想像できないほどに真面目な顔、真面目な声色になって、2人を諭したのだった。
「うん。君たちの話を聞いた感じではどうしようもなかったよ。この話は僕が預かるよ。あとは僕に任せなさい」
そんな風にやたらと頼りになるような雰囲気をまとって、凛太と春山の肩を順番に叩いた。
「間違いは誰にでもあるし。まだ間違ったかどうかは分からない。きっと誰がやってもなるようにしかならなかった。今は自分を許せるように考えなさい。責任は僕が取るから。もうバイトの時間は終わりだ。君たちは帰りなさい」
馬場は全く叱ることはしなかった。馬場に促されてみた時計の針は午前3時50分を差していた。
馬場は言い終わると、出口に向かって歩いて行った。
「あ、あとそうだ。最後に草部君。バイトは続けるかい?」
「はい。続けます」
様々な思いを巡らせて、夢から覚める前に出していた答えだった。