「え……」

 言葉にならない声が微かに漏れる。何を言われているのか分からない。

「やった。本当に嬉しい。どうしよう。まさかここまでやってくれるなんて」

 女子中高生が視界の中で喜んでいる。人目を気にしていない素振りではしゃいでいる。今の凛太にはその映像を捉えるだけで精いっぱいだった。

「あ、私さっきまで芋虫だったほうの私です。どうしようどうしよう。これでこいつの人生は全て私のものじゃん」

 女子中高生は自分を抱いて、震えるほどに喜び続けた。

「はははっ。こいつ後からできた私を殺そうとしたくせに、自分が死んでやんの。ざまあみろ。これからは私が主人格だ。もう二重人格ともおさらばだ」

 凛太の頭はそれを拒みながらも女子中高生の言葉で徐々に理解をし始める。外側からゆっくりと頭の中に入ってくる感覚があった。そして、その頭は凛太を倒れている霊のほうへ歩かせた……。

 なんだ……どうした……ふざけんなよ……。

 自分が今どこに立っていて何をしているのかも分からなくなってきていた。

「ああ。そいつはもう死んでますよ。私には分かる」

 軽い口調で凛太の背中に女子中高生の言葉が突き刺さった。

 そんな……そんな……そんなはずはない……。

 凛太は一瞬これは夢かと思ったが、今が夢の中だということに気づいてしまう。

「もう二度と起き上がることは無い。現実でも目を覚ますことは無い。家族や友達に会うことも無い。あなたが殺してくれたから……。でも、安心してこれからは私がこの子の本体として生きる」

 どうやら自分は人を1人殺してしまったのかもしれない……。

 そこで凛太はようやくその事実と向き合った。けれど、まだ実感が湧かない。他人事のようにその事実だけを見つめて、それを否定する考えを探し始めた。

「まさか、落ち込んでます?あ、そうか確かにこんな言い方じゃ傷つけちゃいましたかね。でも、何も悪いことはしてないですよ。私のほうがいい子ですから、あなたは正しいことをしたんですよ」

 味方をしていたほうの芋虫が本当は第二人格で、倒れている霊のほうが主人格。自分はそれを分かっておらず、勘違いして主人格のほうを攻撃してしまった。そして、殺してしまった。そういうことか。

 こんなことってありかよ……自分は取り返しのつかないことをやってしまったのか。

「そいつがいじめられて、精神がぐちゃぐちゃになってやつれたから無意識に生み出したクリーンで良い子ちゃんなのが私。そいつは自分が二重人格とも知らずに記憶が飛ぶのにも悩んでたから楽になれて良かったんじゃないですかね」

 倒れた霊の姿をただじっと見つめていた。そうするしかできなかった。話している女子中高生のほうも、春山の様子も恐ろしくて見ることができない。

「今回は本当にどうもありがとうございました。また現実でお会いする機会がありましたら改めてお礼を言わせてください。もう夢も覚めると思うので、さようなら」

 女子中高生はそこまで言うと、笑いながら遠ざかっていた……。しばらくすると、笑い声も全く聞こえなくなる。

 凛太はその場から動くことができなかった。