たぶん……もう変化終わった。それでも凛太は動かなかった。
今回は怖いものを見たくないのに見てしまうというものじゃなくて、動かなかった。変化を終えた霊はものすごい形相でこちらを睨みつけている。けれど、襲ってはこなかった。だから、凛太は動かなかった。
ある程度距離は離れている。あれが少しでも近づいてくればすぐに自分は逃げるだろう……けれどいっそ一思いに殺してほしいという気持ちもある。死ねば夢が覚めて、ここから逃れられる。この霊なら一瞬で殺してくれそうだ。
「やめましょう……落ち着いてください。まだ声は届いてるんですか?」
凛太は言いながら、後ろの階段をちらりと見て確認した。瞬時に階段に足をかけられるように。
もう霊が動き出す前に逃げようか……。
「今すぐ……さっきの芋虫を持ってこい。じゃないと、あなたも殺す」
どうせ、応答しないと思っていたが霊は返事をした。
「え…………あ、じゃあ俺持ってきますよ。そしたら……あのこれって夢じゃないですか。だから、僕たちには手を出さないで帰してほしいです」
「早く……しろ」
同意とみていいのか分からないほどだが霊は頷いた。その声は喉を締め付けているような掠れた声。年老いた女性の声にも聞こえる。見た目も無数の血管が皺のようにも見えて、まるでやまんばだ。
思いの外見逃されてしまった。死を経験する覚悟もしたのに。それならば……凛太はさっさとその場から離れる。
凛太はそれでいいじゃんと思った。あの霊はとにかく芋虫を殺したがっているみたいで、誰でも彼でもという訳ではない。
「春山さん。その芋虫、やっぱり殺そう」
赤い光の部屋に戻った凛太は提案した。春山はまだ身を縮めていて、凛太が部屋に入った時も肩を浮かせた。
「なんだか知らないけどあいつはとにかくそいつを殺したがってる。この夢がおかしいのは一旦置いといて俺たちの安全を確保しよう。なにがどうなってるのか話し合うのもそれからでいい」
「だめ……」
「何で。あいつはもっとやばい姿になってるよ。いつ襲ってくるかも分からない」
「だって、この子泣いてるよ」
「え」
「助けてほしいってそう言ってる気がする」
春山の手の中で涙を流す芋虫の目。春山の手から雫が流れ落ちる。
しかし、凛太はそれを見ても春山と同じ感想を抱かなくて、正直気持ち悪かった。
「これは私の勘だけど、私にはこの子を殺せない」
純粋で真面目であるが故に、年を重ね賢しくなった自分では全く理解できない感覚があって、理解できないことを言う。
春山は震えながらも芋虫を守ろうという姿勢を見せた。
「できれば、そうしてあげたいけど、あいつ上ってくるよ。そうしたらどうするの。たとえ夢でも君が殺されるなんて俺は嫌だ」
「……上ってこないじゃん」
「……たしかに」
凛太はありのままを言った春山の言葉に、そういえばと納得させられた。さっきの様子だとすぐに痺れを切らしそうなのに静かだった。気付かされて、ハッとすると急に心に余裕ができる。
あんな弱弱しい芋虫を殺したいなら、自分でやればいいじゃないか。あの殺意なら自分達よりも簡単に殺せる。
あいつ、ここに上ってこれないんじゃないのか。
今回は怖いものを見たくないのに見てしまうというものじゃなくて、動かなかった。変化を終えた霊はものすごい形相でこちらを睨みつけている。けれど、襲ってはこなかった。だから、凛太は動かなかった。
ある程度距離は離れている。あれが少しでも近づいてくればすぐに自分は逃げるだろう……けれどいっそ一思いに殺してほしいという気持ちもある。死ねば夢が覚めて、ここから逃れられる。この霊なら一瞬で殺してくれそうだ。
「やめましょう……落ち着いてください。まだ声は届いてるんですか?」
凛太は言いながら、後ろの階段をちらりと見て確認した。瞬時に階段に足をかけられるように。
もう霊が動き出す前に逃げようか……。
「今すぐ……さっきの芋虫を持ってこい。じゃないと、あなたも殺す」
どうせ、応答しないと思っていたが霊は返事をした。
「え…………あ、じゃあ俺持ってきますよ。そしたら……あのこれって夢じゃないですか。だから、僕たちには手を出さないで帰してほしいです」
「早く……しろ」
同意とみていいのか分からないほどだが霊は頷いた。その声は喉を締め付けているような掠れた声。年老いた女性の声にも聞こえる。見た目も無数の血管が皺のようにも見えて、まるでやまんばだ。
思いの外見逃されてしまった。死を経験する覚悟もしたのに。それならば……凛太はさっさとその場から離れる。
凛太はそれでいいじゃんと思った。あの霊はとにかく芋虫を殺したがっているみたいで、誰でも彼でもという訳ではない。
「春山さん。その芋虫、やっぱり殺そう」
赤い光の部屋に戻った凛太は提案した。春山はまだ身を縮めていて、凛太が部屋に入った時も肩を浮かせた。
「なんだか知らないけどあいつはとにかくそいつを殺したがってる。この夢がおかしいのは一旦置いといて俺たちの安全を確保しよう。なにがどうなってるのか話し合うのもそれからでいい」
「だめ……」
「何で。あいつはもっとやばい姿になってるよ。いつ襲ってくるかも分からない」
「だって、この子泣いてるよ」
「え」
「助けてほしいってそう言ってる気がする」
春山の手の中で涙を流す芋虫の目。春山の手から雫が流れ落ちる。
しかし、凛太はそれを見ても春山と同じ感想を抱かなくて、正直気持ち悪かった。
「これは私の勘だけど、私にはこの子を殺せない」
純粋で真面目であるが故に、年を重ね賢しくなった自分では全く理解できない感覚があって、理解できないことを言う。
春山は震えながらも芋虫を守ろうという姿勢を見せた。
「できれば、そうしてあげたいけど、あいつ上ってくるよ。そうしたらどうするの。たとえ夢でも君が殺されるなんて俺は嫌だ」
「……上ってこないじゃん」
「……たしかに」
凛太はありのままを言った春山の言葉に、そういえばと納得させられた。さっきの様子だとすぐに痺れを切らしそうなのに静かだった。気付かされて、ハッとすると急に心に余裕ができる。
あんな弱弱しい芋虫を殺したいなら、自分でやればいいじゃないか。あの殺意なら自分達よりも簡単に殺せる。
あいつ、ここに上ってこれないんじゃないのか。