高さが不揃いな位置に出てきた目は人間と同じでちゃんと二つ。その黒目は凛太の姿を捉えていた。

「なんだこれ」

 虫や爬虫類の交尾でも見たときのような心底気持ち悪い時の声を漏らす。どんな不快な生物か。確かにこりゃ気持ち悪い。

「どしたん?」

「何でもない……。潰してみるわ」

 少し面を食らったが、凛太は再び木の棒を構える。一思いにやってしまおう。確かに気持ち悪いが、気持ち悪いからこそ叩き潰したくなった。

 狙いを定めて木の棒を振り上げる――

「待って!」

 振り下ろす寸前の出来事だった。強張った腕が止めきれず数cm動くようなタイミング、春山が凛太と芋虫の間に入り芋虫を庇った。

「ど、どうしたの」

「うーん。何かおかしい」

「え……」

 春山はしゃがんで芋虫を見つめだした。よくそんなに顔を近づけられるなという距離で目の付いた芋虫を観察する。

「そんなことして大丈夫?何がおかしいの春山さん?」

「うーん……」

 凛太の質問に春山は答えず、じろじろと芋虫のほうを見ていた。赤い部屋の中で妙な時間が流れた。

「この芋虫さん。目が綺麗じゃない?」

「は?」

「かわいくない?」

「ええ?」

 どういうつもりなのかと凛太は芋虫を観察する春山を観察していたが、春山の答えはすごく素っ頓狂なものだった。

「かわいい?それが?」

「うん」

「何言ってんの?」

「ほら」

 次の瞬間、凛太は反射的に体がのけぞった。なんと春山は芋虫を手で掴んで凛太の眼前へ運んだ。一瞬芋虫についた両目としっかり目が合ってしまった。

「ちょっと何やってんの」

「気持ち悪がらないで。よく見て」

「ええ……いや……」

「ほら」

 凛太はあからさまに嫌な顔をしながらも言われた通り、もう一度芋虫と目を合わせる。

 ……何を言っているのかと思ったが、数秒で凛太の歪んだ繭は通常の形に戻っていった。

「まあたしかに……言われてみれば、かわいい感じの目をしてるね」

 芋虫の目には涙袋もあって、ぱっちりとして大きい目にはまつ毛も綺麗に生えていた。

「でしょ」

「でも……それでも気持ち悪いよ。それがどうしたの」

「私、この子が敵だとは思えなくて」

 春山の顔は真剣だった。凛太に向けていた芋虫を戻して再びじっくりと見る。

「それに、なんか最初からおかしいんだよねこの夢。色々と。長くこのバイトやってきたけど、入ってすぐ患者さんが夢だと分かってたなんて初めてだし」

「あ、そうなの。それ俺も気になってたんだけど」

「うん。なんかおかしいよこの夢……」

 不穏な空気を感じる。自分の知らないところでなにかまずいことが起こっているような……。ここに来て簡単なはずだった悪夢が一変したりしないよな……。

「とにかく私、この子を殺しちゃいけない気がするの。勘だけど」

「まあ、それはいいけど。それで……どうするの。俺も初心者だから分かんないけどさ、おかしくても患者の指示に従っといたほうがいいんじゃないの」

「今から外に出てこの子をあの女の子に見せてみようよ。それで確認してみようよ。ダメかな?」