「あ……」

「あ……」

 春山と目が合った凛太は短く声を出して、そのまま入り口で固まった。そしてそれは春山も同じだった。

 栗色のショートカットの髪に包まれたアイドル的にかわいい顔をきょとんとさせて固まる春山。身にまとっているのはこの病院のバイトの制服で、ちょうど着替えを終えたのかロッカーに服をしまっているところだった。

 この部屋には着替え用の試着室みたいな場所があるし、別に悪いタイミングで入ったわけではないのだが2人の間に変な沈黙ができた。

「草部君だよね?本当に草部君なんだ。いや、こんなこと言うのも変だけど」

 沈黙を破ったのは春山だった。一歩だけ凛太に近づいて会話を始める。

「……春山さんが何でここに?」

「えっと、増川さんに急用が出来ちゃったからシフト変わってって言われて」

「そうじゃなくて……いや俺もなんて言っていいか分かんないけど、まさかここでバイトしてるの?」

「そうだよ。私も昨日、一宮大学の3回生の草部君って子が新しくバイト始めたって聞いて、今日来てみたらやっぱり私の知ってる草部君で驚いてる」

 凛太は文字通り開いた口が塞がらなかった。もしも、このバイトに最も似つかわしくない人物を問われたら春山さんと答えるかもしれない。そのくらい凛太にとっての春山のイメージと恐怖のバイトがマッチしていなかった。

 キャバクラでバイトしていると聞くほうがまだ「清純そうな顔して……」と納得できる。

 春山のイメージを一言で言うならば天使。顔がまず天使っぽい。天使っぽい顔ってどんなのかを説明しようとしても難しいが、とにかく天使っぽいのだ。

 目がぱっちりしているし全体的に顔が明るい感じがする。春山の良い子エピソードも何個か聞いたことがあった。

 凛太自身も、たまたま大学の講義で春山の隣に座ることになった時に凛太が課された問題を解きあぐねていると、特に仲がいい訳でもない春山がそれとなく問題の答えを見せてもらったという経験があった。

 その後凛太が礼を言うと、春山は全然大したことじゃないから礼なんて言わなくていいという対応をした。

 凛太は初めて会った時から春山のことをかわいいと思っていたが、大学生活を送るうちにいつしか好きになっていった。何もアプローチはしてこなったがひっそりと……。

 そんな天使が、何でこんな悪魔が住んでいそうな場所に……。

「こっちのほうが驚きだよ。春山さんがこんなとこでバイトしてるなんて。つーか増川さんと変わったってことは今日は俺と春山さんと2人でやるの?]

「そうだね。よろしく草部君」

「あ、うん。……よろしく」

 バイトのシフト表やロッカーに「春山」の苗字があることは凛太も目にしていた。でも、同級生の男子たちからも人気が高いマドンナ本人だとは思わないじゃないか……。

「今日の悪夢ファイルまだ見てないよね。来たばっかりだから当たり前だけど。私もまだ……」

 まだ自分のロッカーまで歩き始められない凛太を横切り、春山は1枚の紙に手を伸ばす。

「えっと……いつも私は気持ちの悪い生物と出くわす夢を見ます。ゴキブリだったり、カエルだったり。どうかそいつらを殺してほしいです。できることなら悪夢を治療するだけでなく殺してほしいです。だってさ」

 色々と頭の整理が追付かなくて思うことはある中、読まれた悪夢ファイルの内容はただのゴキブリ退治らしくて、すぐに頭の片隅に運ばれた……。

 そのまま、準備室ではゆっくり話している時間が無くて春山と2人での悪夢治療バイトが始まった。