凛太は見るのが怖くてすぐに振り向けなかった。体が緊張で固まる……。

　ドアはまだ開かれていない……音がしていないから……中に入ってきたらどうする……俺が、この保育士さんを守らなきゃ……。

「先生ここにいるのー」

「りほちゃん……？入ってきていいよ」

　凛太が筋肉をこわばらせて、すぐに動けるように構えていると予想外に保育士の女は優しい声で園児を呼んだ。

　ドアの前まで来ていた女の子の園児はドアを開けて部屋に入ってきた。もちろん顔も体も腐っている。

「先生ー！」

「りほちゃんー！」

　保育士の女と園児は抱き合った。保育士の女は怖がりもせず躊躇は無かった。

「え……ちょっと、大丈夫ですか？」

　それを見ていた凛太は保育士の女が腐っていかないか心配だった。それより、よくそんなことできるなと若干引いた。

「夢だと分かると大丈夫になるんですね。かわいいです。この子はりほちゃん。ほらお兄さんに挨拶して」

「お兄ちゃん、りほです。こんにちは」

「こ、こんにちは」

　凛太は夢だと分かっていても怖いのだが……笑っていても全然かわいくない……まあ保育士の女が大丈夫ならそれでよかった。

「先生。お外で鬼ごっこしよ」

「えー鬼ごっこ。先生ちょっと疲れちゃったから教室の中でできる遊びが良いなー」

「じゃあ紙芝居読んで」

「そうしようか。ちょっと待ってね持ってくる……」

　保育士の女はそれから園児に紙芝居を読んであげていた……10分ほどで終わった紙で描かれたおとぎ話……最後の一枚を読み終えると、保育士の女は前のめりに倒れた。

「なんだかすごく眠い……」

　凛太が慌てて近づくと保育士の女はそう言った。それを見て昨日の患者の男も最後は眠ったのを思い出す。

「じゃあごゆっくり寝てください。僕が付いてますから……」

「ありがとうございます……これで……」

　目を閉じた女をこのまま床で眠らせるのも不憫なので、凛太は室内にあったマットやらタオルやらで簡単に寝床をこしらえた。

　そして、気づく。園児がいつの間にかその場から消えた。

　悪夢がただの夢になる。治療が成功したのだ。


　……この治療を行うと、患者は悪夢を見る頻度が減るらしい。そして、もしまた同じような悪夢を見ても「とまと睡眠治療クリニック」のバイトが夢の中に助けに現れるらしい。

　治療を行っていなくても、助けられる感覚を脳が記憶する。馬場院長が昨日、治療を終えた後にそう教えてくれた。

　そうして次第に……自然に……悪夢は完全に消え去る。

　嘘か本当か。たぶん、実際に悪夢が治療されてこの病院が成り立っているんだから本当だ。

　今後も自分がこの若い保育士さんの夢の中に出てくるのか……そう思うと少し恥ずかしい。

　保育園を出たら凛太は一応、増川を探す体で周辺をぶらりと歩いた。おそらく無事仕事を終えられたので無理に探さずとも夢が覚めれば合流できる。

　だから形だけ……次第に凛太も夢の中に入るときのように眠気に襲われた。きっとこれが現実に戻る合図。

　アスファルトの道の真ん中に大の字で寝そべる。

　なんだか、患者に「ありがとうございます」と言われて、この仕事のやりがいや達成感みたいなものも感じていた。

　不気味だった夢の中の世界も鮮やかに見えて、陽の光が暖かい……。

　けれど、それとこれとは話は別だ。約束の一週間後になれば……絶対にやめるっ……。