「何であんなゾンビみたいなのが動いてるんですかね。やばいですよ。早くここから逃げたいですよね」

 女は凛太の話を黙って聞くようになった。女の表情から怯えみたいなものは和らいだ気がするが、まだ得体のしれないものを見ている丸い目ではあった。

「あなたは何も間違ってない。あんな園児を見れば誰だって怖い……」

 女の立場になって考えると、夢の中で見知らぬ男が親身になって同意してくるのもそれはそれで変な気がするし、こんなこと言っても駄目だろうか……。

「でも、もう少しの辛抱ですよ。僕が来たからにはこんな怖い場所とはすぐにおさらばできます……」

「そう……本当に怖いの……あの子たちあんなのじゃなかったのに……」

 女が少し落ち着いた声で語りだした。

「私が何かしちゃったんだろうか……他の先生たちはどこへ行ってしまったんだろう……」

「あなたは何も悪くないですよ。ちょっと運が悪かっただけですよ。でも、すぐに元に戻せます」

「戻せるものなら戻してほしい。私はあの子たちの先生なのに……保護者の方たちにもなんて言ったらいいか……夢なら早く覚めてほしい――」

「そう!夢!夢ですよこれは」

 凛太は女が気付き始めたと察して、つい声が大きくなった。いけると思った。確実に良い方向に向かっている。

「夢……夢って……あの夢……?」

「そうです。本当はあなた今寝てるんですよ。病院のベッドの上で。ほら、鹿児島から夢の治療しに来たんでしょう。覚えてませんか?」

「あ…………ああ……」

 女は凛太の言葉で部屋に入って来た時のように両手で頭を抱えた……。そして、狼狽したようなか弱い声を出す……。

 けれど、怯えているわけではない。あからさまに驚き、見たことないくらい口を開いている。

「ああああああああああ!そうだ!!……私、今寝てる!!」

 女らしからぬ野太い声で女は大声を出した。

「そうじゃん!おかしいじゃん!さっきまで私病院におったやん。そうじゃんそうじゃんこれ夢じゃん」

「そうですそうです!夢っすよ!分かってくれましたか」

「はっははは。まじ笑う。何で気付けへんかったんやろ。こんなんどう考えてもおかしいやんね」

「ピンときました?夢ってなかなか気づけないですよね」

「じゃああなた病院の人か!あのヒゲゴリラの助手さん?」

 女が凛太を指差し、さっきとは打って変わって猿のように笑っている。うるさいくらい。

 プライベートで友達や家族と話しているような言葉遣いに戸惑いつつも、凛太もすごく安心した。これは治療成功だろう……。

「……先生あーそぼっ」

 その時聞こえた声は教室のドアからの子供の声……凛太はすぐに血の気が引いた……。