増川と2人きりの会話も続かなくなり、眠くなってきたときだった。増川は隣で腕を組み目を閉じていたので、見て見ぬふりをしようかとも考えたが凛太は増川を起こした。

 勤務は今日で2日目、メインの業務内容は一度聞いたら忘れようと思っても忘れられない。それゆえ、馬場も増川も改めてもう一度説明することは無かった。

 軽い挨拶を交わしてから、馬場は一言「今日も頼むよ」とだけ言った。凛太を装置の中へ誘う馬場は他にも言わず、やることは分かってるだろといった様子だった。

 今日も白衣からきつい香水の匂いを漂わせていて、短く生やしたあご髭を触りながら装置を操作していた。

 凛太もそれに対して何も言わず、既に慣れてしまったかのように装置の中に入った。一週間後にまたやめるか聞くと約束した以上、それまでは1人の従業員として給料に見合う働きをする。

 ただ心の中で今から起こることはすべて夢、これが終われば帰ってゲームして寝られる……少しの辛抱だ。そう繰り返し唱えていた……。


 昨日と同じく馬場の「おやすみなさい」を聞くと凛太は夢の中に落ちた……

 行きついた景色はまた住宅街だった。ここではどのくらいの恐怖を目にすることになるのか。

 昨日よりも背が高いマンションは周囲に少なくて、緑は多い。けれど雰囲気は自分が暮らす街と変わらず住居のデザインや道の色も同じ。きっと日本ならどこにでもある場所だ。

 昨日と違うのは空が曇っていなくて照り付ける太陽の光が世界を明るく包んでいるということ。

 やや田舎に見えるのはここが都から離れた鹿児島という土地だからだろうか。凛太は訪れたことが無い場所だった。

「草部君いける?」

「はい。大丈夫です」

「今日も問題なくこれたみたいだね」

「問題があるときもあるんですか?」

「いや聞いたことないけど新人だから一応ね」

 まずはこの夢の中にいる患者を探す。今回の場合は保育士の女性。増川と歩く住宅街は昨日経験しているにも関わらず、より不気味に感じた。

 濃い空気はこんなに濃かったかと思うし、逐一小さな咳が出てしまうほど吸い込みづらい。

「今回は探すのは簡単だね。保育園だか幼稚園に患者さんはいるはず。見つけたらまず草部君が声かけてみてよ。俺は周りの安全を確認するから」

「えっと何て言ってあげればいいんですか」

「特に決まり文句があるわけじゃないけど。テンプレは大丈夫です、ここは夢ですって感じかな。とにかく安心させてあげること」

 聞くところによると、恐怖の対象は園児ということで凛太は油断していた。幽霊でも現実ではありえない形相をしていても所詮小さな園児。昨日見た女の幽霊よりは怖くないはず。仮に襲われたとしても返り討ちにできる。

 ――数分歩くと、聞こえてきた子供の声。楽し気な声で何人もいるらしい声だった。追いかけっこやちゃんばらでもしているのか、土を蹴る足音も聞こえる。大きくなったり小さくなったり。

 通りの角にペンキでカラフルに塗られた柵と絵本のタイトルで描かれる風の保育園の文字。

 そこで柵越しに目にしたのが腐った園児達だった。