急いで頭から飛び降りた凛太の体はそのまま空中で一回転した。見える景色があべこべで……脳が揺らされているような感覚がする……。

 今までにない経験で、どう体のバランスを保てばいいのか分からない。

 それも束の間――地表のアスファルトを視界に入れると凛太は頭からそこへぶつかった。受け身を取ることもできず、刺さるように。

 しかし……凛太は夢の中に留まったまま、目覚めることはなかった。

 頭部が無くなってしまったんじゃないかというほどの耐え難い鈍痛。下の歯や顎の骨まで鈍い響きが通り抜けてきて、顔中が麻痺している。

 それでも意識は鮮明に……ここが夢であることを認識して、早く覚めてくれることを願っていた。現実なら即死なはずなのに……早く……早くここから。

 凛太は痛みで顔を歪めながらも、仰向けになり片目だけを開く。見えたのは自分が飛び降りた大学で、この状況の解決策なんて何も示してはくれない。

 どうしようもこうしようもなくて、ひたすら痛みに耐えながら自然に夢が覚めるのを待つ凛太。けれど、やってきたのは希望ではなく絶望だった。

 空から凛太を追って女も降りてきた。手を広げてとびかかるような恰好をしている。

 長い髪がなびいているのが見えたら、もうその表情や曲がった首を見るのが嫌で目を閉じるしかなかった。ただ、目を閉じて何も起きないうちに夢から出られるよう神に祈るしか……。


「あああああああ!」

 声が自ら喉を破ったように飛び出して、目を開いた場所は装置の中だった。ガラス越しに悪夢治療室の景色が見える。

 現実に戻ってきたことを認識しても動機が収まらない。ついさっき全力疾走したみたいな感覚がする。汗も額から粒になるほどかいていた。

「おはよう。草部君」

 馬場が装置のガラスを開いて、凛太の顔を覗き込む。

「寝覚めが悪いようだね。大丈夫かい?」

「はあ―――大丈夫じゃないですよ。夢の中で俺……」

「何か問題があったのかな。先に起きた2人は元気そうだったけど」

「問題なんてもんじゃ……俺はさっき死ん……」

 声に出すことでもう一度想像してしまうのが恐ろしい。馬場にどう説明しようか言葉を考えていると横から他の人の声がする。

「草部君起きたみたいですね」

「うん。今しがたね」

 増川と桜田も凛太が起き上がった装置の周りに集まってきて、凛太は3人に囲まれる形になった。

「それで、草部君初めての悪夢治療はどうだった?面白かったでしょ」

「全然面白くないですよ。何なんですかこれは」

「え、ダメだったの。増川君の話ではちゃんと見学してたって」

 増川に一同の視線が集まる。

「初めてなのにちゃんと見れてましたよ。腰も抜かしてなかったし」

「そうでしたね。私も初めてにしては優秀だったと思います」

「だよね。良かった草部君がバイト続けられそうで。またすぐ新人がやめちゃったらどうしようか心配だったんだよね」

 まだ頭に痛みがしていた感覚が残っている……。周りからは見えないように抑えていたが、手の先は小刻みに震えていた……。

 気絶はしていない。目が覚める前に一瞬だけした首の痛み。ついさっき自分は夢の中とはいえ死んだのだ。

 3人で話を進めているが冗談じゃない。こんなバイト……

「無理です。俺……このバイト……」