「ラウル、客が来ているぜ」 
 大工仲間の声に、杭を打つ手をやめて、ラウルは振り返った。
 初夏の日差しが眩しい。雨の季節は去り、既に季節は夏になろうとしている。
「オルヴィズ様、それから、アリス様も」
 憲兵の制服のオルヴィズと、魔道師のマントを来たアリスティアが微笑んでいた。
「アリス様に、無理やり押し切られてね」
 オルヴィズが苦笑する。
「この建物は、父上が発注しているのよ。私、関係者だもの」
 アリスティアの髪が伸び始めていた。その銀の髪の長さのぶんだけ、時が流れたことを意味している。
「良い仕事をありがとうございます」
 憲兵隊の詰め所をかねた、広い道場つきの訓練所の建設が決まり、ラウルはギルドを通してその仕事を請けた。仕事の条件にラウルが参加することが入っていて、ギルドでは、棟梁でもないラウルの指名に意味がわからず首をひねったのだが。
「イルクートが自害したわ」
 アリスティアは、静かに告げる。
「遺書には、メイサと共に逝く、と書いてあったそうよ」
 大雨の中、王宮に私兵を引き連れてやってきたイルクートは、レキサス公の手配りによって、逮捕された。初動が良かったことと、メイサを止めたこともあって、街の被害も最低限で済んだ。
 大事に到らず、ほぼ数日で街は日常を取り戻すことが出来た。
 取り調べに対し、イルクートは、災害に乗じてクーデターを企てたことを素直に認めた。
 ただ、メイサとの関係については無言だった。
 そして、彼は牢の中で自分の魔法によって果てた。懐の中に、たった一枚の遺書を残して。
 イルクートがメイサに抱いていたのも、彼なりの愛だったのかもしれない。
「今となっては、わからないけれど」
 遠くを見るように、アリスティアが微笑む。
 墓標は立てられないが、二人を近くに葬ることになった、とオルヴィズが呟く。
 あの日。共に逝けると笑んで死んでいったメイサの顔が忘れられない。
「なあ、また、仕事を手伝ってもらえるかな」
 笑いながら、オルヴィズがラウルを見た。
「君は、才能がある」
 困ったラウルをけしかけるように、アリスティアも微笑む。
「仕事がなければ」
 二人の笑顔に押し切られるように、ラウルは答える。
 頭上には、青い澄み渡った空が広がっていた。