この年は長梅雨で雨が続いており、いもち病も善子の田で出るような年であったから、

「今年はちょっと作が悪いかも知れないねぇ」

 などと井戸端ばなしになっていたのであるが、夜中になって雨脚が強くなった。

 それまで見たことも聞いたこともないような雨音で、寝付けないまま二階で善子は独り微睡んでいたのだが、明け方近くなってドスン、という音が遠くで聞こえた。

 ほどなく、

 ──山津波が来た。

 と、隣の爺さんが傘を手に綾瀬家を訪った。

 夜が明けてから田圃を見に行こうとしたが土砂で覆われて道はふさがり、堆く笹やら杉やら混ざった泥が切り通しにまで流れ込んで、女一人でスーパーカブで行けるような有り様ではない。

 しばらくして麓から消防団が何人か来て、田圃の様相をドローンで撮ったという動画を見せてもらったのであるが、善子の綾瀬家の田圃はことごとく土砂に崩されて、跡形すら分からないぐらいに土砂で埋め尽くされていた。