深田の里、といえば山のさらに山奥で、地理としては愛媛だが県境に近く、峠を越えれば高知のほうが近い。

 かつては平家の落人が開いたとされる。

 山間の細道をうねうね下れば宇和島へたどり着くのだが、何時間もかけねばならないので、買い出しはもっぱら移動販売か、谷を渡った先の小さなコンビニぐらいのものであった。

 集落には爺さん婆さんばかりが住んでおり、最も若い綾瀬家の女当主の善子ですら、もうすぐ還暦である。

 もともとこの集落の生まれではなかったが、亡き夫の生家である家を守るために、松山から移住してきたのがきっかけであったらしい。

 もっとも集落の面々からすれば松山は大都会で、さらにいえば善子の娘の花世(はなよ)なんぞは藤沢で暮らしているのであるから、どことなく田舎暮らしの連中からすれば浮いたようなところがあるのは否めなかった。