物凄くびっくりした、と言うのが口に出そうになったが。

 プライベートとは言え、会社の先輩が何故(にしき)の界隈にいるのだろうか。だが、一緒に来ている相手は誰だろうかと振り返れば。

 見覚えのある男性が立っていた。


「あ」
「あ」
「なに? (たか)君、湖沼(こぬま)ちゃんと顔見知り?」
「うちの店の常連さん」
「こ、こんばんは」


 人懐っこい笑顔が特徴的な、人間界にある(さかえ)のマカロン専門店のパティシエの一人。そこで、美兎(みう)はあることを思い出した。失礼だが、指を向けると隆君と呼ばれた男は『自分?』と首を傾げた。


「?」
「先輩の彼氏さんって、相楽(さがら)さんだったんですか!?」
「あれ? ケイちゃん言ってなかったの?」
「まあ。君が妖怪なのバレちゃうといけないかなって」
「え゛!?」


 相楽が妖怪、つまりは妖。全然そんな感じに見えなかったのもあるが、人間界で堂々と働くのがすごいと思った。

 しかし、恋人の火坑(かきょう)も猫人から人間に変身してまで仕入れに行くから、普通なのかもしれない。

 すると、相楽が軽く頭を撫でれば。姿は一変したのだった。


「あら、隆輝(りゅうき)じゃなあい?」


 守護についてくれている、座敷童子の真穂(まほ)が声を上げた。

 その間に、相楽の風貌はどんどん変わり。黒髪短髪が紅髪長髪に。黒い角が眉間から細長く二本伸びて、肌も少し青白くなった。目の色まで金髪に。


「……鬼、さんですか?」
「ここに来なれているんなら、俺が鬼になっても驚かないんだね?」


 ただし、人当たりの良さと笑顔だけは元の相楽のままだった。


「嬢ちゃん! 俺と花菜(はなな)が座敷に移動するからさ? そっちの嬢ちゃんと赤鬼はこっちに来なよ」
「お? いいの?」
「だ、大丈夫……です」


 と言うわけで、美兎も火坑を手伝って盧翔(ろしょう)達の卓上コンロを奥の座敷に移動させた。

 そして、カウンターの席に着いてから、相楽、ではなく隆輝が改めて自己紹介してくれたのだ。


「改めて。『rouge』のパティシエ、相楽隆仁(たかひと)でもあるけど。赤鬼の隆輝だよ? 今日は火坑君に恋人が出来たって聞いたから、俺の恋人の桂那(けいな)ちゃんと来たわけ」
「い、いつから……先輩と?」
「私が大学四年からね? 三年の就活の時に道端で偶然」
「だね?」


 そんな長い期間、沓木(くつき)は隆輝とお付き合いをしていたのか。驚き過ぎて、美兎の口があんぐりと開きそうになってしまったが。


「で、湖沼ちゃん」
「は、はい!」


 美兎の右隣に座った沓木が、急に声をかけてきたのだった。


「湖沼ちゃんが……火坑さんの彼女?」
「う……はい」
「察しがいいですね、沓木さん」


 正直に言うと、沓木は何故か美兎の頭を撫でてきたのだった。


「せ、先輩?」
「うんうん。火坑さんが変身する姿は見たことなかったけど。こっちの姿を受け入れてまでお付き合いする仲になったのね? 私も安心出来たわ」
「はあ?」
「火坑君も言ってよ? ここんところ来れなかったにしても、ケイちゃんの後輩ちゃんが彼女だって」
「いえ。存じ上げていなかったので」
楽庵(ここ)来るの、相当久しぶりだったもの」


 さて、と。火坑は二人にも味噌仕立ての牡丹鍋を出したのだった。


「煮え過ぎると肉が固くなるのでご注意ください」
『いただきます』


 真穂も待っててくれたので、まずは姫竹を。

 ゴボウより少し太く見えるが、食べやすい大きさにカットされているので、美兎はひと口で頬張る。

 筍特有の、ザクザクした歯応えと味噌の味付けが絶妙だった。


『美味しい!』


 沓木と声が重なったので、二人で頷き合った。


「味噌仕立てなのが美味しいですよね!?」
「そうね? これ、こんにゃく入れても美味しそう」
「う゛!?」
「あ。湖沼ちゃんこんにゃく嫌いだったわね?」
「……ゼリーくらいしか無理ですぅ」
「美兎らしい!!」
「……ところで、そっちのお嬢さんは?」
「真穂は座敷童子! だから、本当は子供の見た目なんだけどー?」


 と、一瞬で大学生くらいに変身したのだった。


「あら? 湖沼ちゃんとの関係は?」
「あなたの場合は隆輝が担っているでしょうけど。この子が火坑と付き合う前から守護についたの」
「お? 真穂様、風の噂には聞いてたけど。この子に?」
「様付けするくらい凄いの?」
「ぬらりひょん様に次ぐ最強の妖だからだよ」


 と、話題が真穂に逸れそうだったが。全員美味しいうちに鍋の中身を食べようと箸を伸ばし。

 贅沢に姫竹を猪の肉で巻いたら。脂がしつこくなくて、筍にちょうどいい具合にまとまったのだった。