美兎(みう)、いいや、湖沼(こぬま)のご先祖に。

 こんなにも美しい妖がいるだなんて、誰が思うのだろうか。

 美兎本人もだが、おそらく両親に告げたところで笑われ者にされるだけ。

 だが、目の前にいる人物は目の疑いようもなく、本物だ。

 こちらまでやってきた、さとり、と火坑(かきょう)が呼んだ妖は。重そうな琵琶を片手で抱えて、美兎に握手を求めてきた。


「……(さとり)空木(うつぎ)と言います。美兎」
「は……はじめ、まして」
「ふふ。夢を入れたら、初めてではありませんが」
「じゃあ、あれは」
「すみません。あなたの霊力をさらに覚醒させたのは、私なんです」
「何故……」
「……あなたが、元補佐官でいらしゃった。こちらの御人と結ばれたと風の噂で。であれば、祖のひとりとして。出来ることをあなたにして差し上げたかったのです」


 手は思った以上に冷たくなくて、温かだった。勝手な印象だが、涼しげな美貌は、どこか雪女の花菜(はなな)のように冷たいと思っていたので。

 少しほっとしていると、話に加わっていなかった辰也(たつや)が手を挙げたのだった。


「俺、そろそろ帰るよ」
「え、美作(みまさか)さん?」
「もともとそう言う約束。メインゲストが来たら退散って、真穂(まほ)ちゃんに言われてたんだ。けど、サンタが来るのはマジでびっくりしたけど」
「で」
「やん」
「す!」
「ほっほ。この子の会社に来れば、清掃員として働いておるぞ?」
「えー。魅力的なお誘いだけど、他社に行く理由には弱いなあ。またこっちにきてください!」
「ほっほ。構わんよ」


 と言って、彼はかまいたちの奈雲(なくも)達を連れて本当に帰ってしまったのだった。

 そして、入れ替わるように、火坑が席を整えてから三田(みた)であるサンタクロースが座敷童子の真穂の隣に。空木は美兎の隣に腰掛けたのだった。


「お飲み物はいかがなさいますか?」
「儂は生ビールのジョッキを!」
「私は熱燗を」
「かしこまりました」


 サンタがビール。

 実にシュールな組み合わせではあるが、好きなものがあるのならいいのだろう。美兎は、二杯目にいつもの梅酒をロックで頼んだ。

 ビールが来ると、三田はぐびぐびと一気に煽ったのだった。


「うんまい! 故郷のビールとはまた一味違うからのぉ! これだから、日本は好きなんじゃ!」
「あの……三田さん」
「なんじゃ?」
「いえ、その。今日のパーティーを企画されたのがあなただと伺って。なんで、私のために?」
「ほっほ。半分以上はそっちの空木のわがままじゃよ? 子孫のために、是非一度顔を合わせたいと」
「空木……さんが?」
「敬称は不要ですよ、美兎? 私はあなたの祖先とは言えど、あなたからすれば相当な昔の者ですから」


 空木の、静かに猪口を傾ける様子がとても様になっていた。


「わがまま?」
「先ほど告げた通りです。妖と私の子孫が結ばれたのであれば、将来のために霊力……と言うより、わずかにある私の妖力を覚醒させておけば。後々役に立つはずです。だから、今朝方ようやくあなたの夢路に入れたので、唄と琵琶で整えさせていただきました」


 それがこの琵琶、と空いてる席に置いておいた琵琶を軽く撫でたのだった。


「私……と、火坑さんのために?」
「ええ。彼からも聞いているはずでしょう。妖と本来の意味で結ばれれば、寿命も何もかもがその妖と同じになってしまう。しかし、身篭る可能性の子供はそうとも限りません。だから、夢路であなたの奥底にある妖力を霊力に変換させて強めました」


 だから、今は見えずとも鏡などの真実を写すものには、美兎の瞳が青くなってしまっている。だが、霊力が安定すればその色も落ち着いて元の色に戻るだろう、と。

 美兎が変わった瞳と、同じオーシャン・ブルーの瞳の空木はそう告げてきた。


「全部……私のため?」
「私の()である、美樹《みき》と瓜二つの子供は可愛いですからね?」
「奥……さん、ですか?」
「ええ。とてもよく似ています。笑い方から仕草まで」
「ご健在……ですよね?」
「ええ、もちろん。今は春日井(かすがい)の界隈で共に生活していますよ? あなたともいずれお会い出来ればとこぼしているほどです」
「是非!」


 自分とそっくり、と言うのもあるが。ご先祖、そして妖と婚姻を結んだ相手となれば、色々教えてほしい。

 紗凪(さな)もいるが、もっと大先輩の話も聞きたい。そう、本心を告げれば空木は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ。では、年が変わってから日取りを決めましょうか?」
「場所は、ここになさいますか?」
「ええ、出来ればお願いします」


 美兎と瓜二つの女性。楽しみだ。

 ひとまず、三田や真穂も加わって、火坑と二人きりになるまで大いにパーティーを過ごすのだった。