どうやら、思いの外はやくかまいたち兄弟の問題が解決したらしく、先日迷い込んできた人間の男が再来店する予定が出来た。

 水緒(みずお)とは違う別のかまいたち兄弟が、火坑(かきょう)が営む小料理屋の楽庵(らくあん)にやってきて。契約した美作(みまさか)辰也(たつや)がまた店に来たい、ただし、水緒や美兎(みう)のいる日程に、と。

 普通の店にそれを聞くのは、少々プライバシーに反しているのではと思うが。ここは妖が営む料理屋だ。

 プライバシーもあったもんじゃないと言うわけではないが、常連となってくれたあの女性に声をかけるのは火坑(かきょう)には容易いことだ。

 とは言え、学生の身分でない彼女への連絡方法は一つ。

 昼休みの頃合いを狙って、人間に化けている時に使う携帯の端末、スマホで連絡を取るくらいだ。だいたい、二、三回目の来店で部署の配属が決まったと彼女から名刺を受け取ったから出来るだけで。

 買出しとあらかたの仕込みを終え、昼休み以降に連絡をすると、美作の頼みに美兎は快く承諾してくれた。ただし、今日は手土産は無しと伝えて。


『なんでですか?』
「おそらくですが、僕や湖沼(こぬま)さんだけじゃ食べきれないかと」
『? 美作さんがお菓子とか持ってこられるんですか?』
「ええ、きっと。僕はともかく、水緒さんや他のかまいたち兄弟さんの分も合わせると結構な数でしょうし」
『ふーん。……わかりました。じゃ、今日も元気いっぱい心の欠片を作れるように、頑張ってきます!』
「ふふ、お待ちしております」


 妖がヒトと良好な関係を築くなど、妖の界隈では滑稽に映るかもしれないが、それは火坑にとって逆だと思っている。


「妖がヒトに。ヒトが妖によって生かされている世の中なのですよね……閻魔大王」


 店の掃除をしながら、妖に転生する前のことを思い返すのが少し楽しみでいた。

 転生前の、地獄での生活も決して楽しいものだけではなかったが。不喜処(ふきしょ)の一員とは言え、地獄を治める大王の第四補佐官として猫畜生として働いていた日々。

 それを誇りに思い、日々奮闘していたが。

 現世、いわゆる現代社会で妖が生きにくいとされてきたこの時代、妖として生き、成就するまではヒトを、妖を助けろと、大王に命じられてはや十数年。なんとかやっていけてるものだった。


「外の掃除でもしましょうか?」


 時計を見れば、もう十七時前。

 人間達、というより、この(にしき)町界隈では表向きも妖との境も飲食店が数多く。だいたいこの時間帯に店を開けるのが多い。外に出ると、ちらほらと客らしき妖達が店を吟味していた。

 さりとて、火坑と同じような料理屋は意外と少ない。昔から妖にもあったそうだが、人肉を喰らうだけでなく酒をたしなむ要素の多い店。他キャバクラやホストなどなど。人間の真似をして店を持つ妖も多いのだ。

 代金等々は、実際人間が持つ賃金だったり、魂の欠片でもある心の欠片と様々。

 火坑の場合、心の欠片を得て、これを店の店賃などなど分配していく方法をとっている。もちろん、妖に転生してから師や先輩料理人からきちんと教わったわけで。

 今では立派に楽庵の店主として働けている。

 掃除を終えてから、美兎や辰也が来るまでは、まだまだ時間があるので。今日二人に出す料理を考えながら、いつもの常連達のお相手をさせていただくことにした。


「おや、お早いお着きで?」


 濡女の一人を見送った後にやってきたのは、かまいたちの水緒だった。


「あの兄さんに呼ばれたとくりゃあなあ? 待つ時間、のんびり酒でも飲もうかと思ったでやんす」
「ふふ、それもいいでしょうね? 今日は何にしますか?」
「あちぃから、冷酒の辛口!」
「かしこまりました。少々お待ちを」


 なら、つまみにはナスで贅沢に仕込んだお揚げとのおばんざいがいいだろう。おばんざいとは京都のお惣菜を指す言葉だが、愛知でも東京でも少しずつ言葉としては浸透している。それは妖界隈でも然り。

 皮を剥いて、水で灰汁を抜いて。濃いめのカツオ出汁と薄口醤油で味を整えてからキンキンになるまで冷蔵庫で冷やした逸品。冷酒が合わないわけがない。

 それを出すと、水緒は先に出した冷酒と一緒に旨そうに食べてくれた。


「他の店も悪くはねぇが、火坑の大将んとこの味を知っちまうとなかなか他所にいけねぇでやんす!」
「ふふ、ご贔屓いただいてありがとうございます」
「なーに。例の兄さんことも、先に心の欠片を頂いてたから大した手間賃じゃねぇにしても。妖とヒトとが生きにくい世の中になっちゃいけねぇでやんす」
「ええ、本当に」


 妖であれ、人間であれ。

 生きにくい世の中を少しでもいいので、楽しみに変えていく。そんな一日が、一日でも多く作られれば、あの世である幽世(かくりよ)も落ち着くだろうが、世の中そんなにも甘くはない。

 たまたま、この界隈の妖の大半が人間に少し優しいだけなのだから。


「さて。今日はスッポンフルコースに加えて、うなぎも調達出来たんですよ」
「おお! 祝い酒だねぇ!」
「いいことがあった日くらい、豪勢にしましょう」


 そして、美兎と辰也。それと辰也が契約したかまいたち兄弟がやってきた時分には、狭い店内であれほぼほぼ貸し切りの宴会状態になった。

 辰也からは、感謝の礼だと美兎が以前買ってきてくれたところと同じ高島屋の和三盆を持ってきてくれて。

 締めにそれを食べるまで、火坑は祝いだからと辰也の目の前で店では定番のスッポンを捌いたのだが。美兎は、相変わらず目を閉じていて辰也もだが、かまいたちにからかわれていたのだった。