美兎(みう)のマンションから、少し離れたビルの一角。

 雪も降りそうな寒空なのに、薄手の着物に羽織を着た男がにこやかな笑顔であぐらをかいていた。

 その笑顔の向かう先には、美兎のマンション。彼の眼には、一生懸命夢で起きた出来事を話している美兎と。その守護についている座敷童子の真穂(まほ)が映っているのだろう。


「ほっほ。楽しそうじゃのぉ?」


 楽しんでいたら、知人に声をかけられた。こんな上層階に来られるのは人間ではない。だが、彼は人間どころか妖でもない。


「ふふ。御大(おんたい)に悟られてしまうほどですか?」
「悟りは、君の本分だろうに。儂ごときに悟られてどうするんじゃ?」
「ふふ。それほど、私も歳をとってしまったのでしょう」
「儂に比べたら、君はまだまだ若造じゃよ?」
「おや、御大に叱られてしまいましたね?」


 とにかく、あの子が無事に結ばれた相手が。まさか、見鬼(けんき)の才を開花させた時に出会った、あの元地獄の補佐官だったとは。彼と面識がないわけではないのだが、覚えてもらっているかも怪しい。

 けれど、久しぶりに会うにはいい機会だろう。知己であるサンタクロースも乗り気でいるからだが。


「……会社で紛れていながら、あの子の仕事ぶりを見たが。……本当に良い子じゃ。君の能力はほとんど受け継いでいないようだが」
「ふふ。血筋と言っても、本当に微々たるものですからね?……しかし、覚醒遺伝しましたし。守護を得られる程の存在にまで……私の予想をはるかに超えてくれましたよ」
「なら、いずれは君に並ぶかもしれないのぉ?」
「だったら、面白いのですが」


 だから、どうか今は。

 少しの間でいいから、この時間を楽しんでいて欲しい。

 いずれ、火坑()と結ばれるのであれば。

 己の正体も、己の出自も知らなくてはならない。その先に、どんな困難があろうとも。

 今日の夕刻に、彼女と会えるかどうかは己にもわからないが。

 彼女の心のわだかまりを解くのには、良い機会だ。

 手にしてた琵琶を、バチで弦を弾きながら唄を紡ぐ。



【あえかなるわ、若子な


 罪を犯せし、柊の葉


 なればこそ、去ればこそ


 我が糸口にたどり着こう】



「良き唄じゃの?」
「お耳を汚してすみません」
「良いと言ったじゃろ?」
「癖のようなものですよ」


 謙遜と言うか、己の能力などを卑下するのはもはや癖に近い。

 それはあの子もかもしれないが、今年のお陰でいい(えにし)を得ることが出来た。

 その幸せを祝うのに、知己であるサンタクロースにも頼んでいるのだから。


「その癖も、あの子に行き渡っておるぞ?」
「そのようですね? 遠い祖先のつもりではいましたが、あの子は私と似ているかもしれません」


 いいところどころか、悪いところまで似るなど。妖だけでなく、人間の遺伝子も面白い。

 であれば、己も包み隠さずあの子に伝えよう。

 湖沼(こぬま)の云われを。

 とりあえず、刻限は夕刻なので。それまでサンタクロースに唄を聞かせることにするのだった。