ビルが雑居したところにある屋上のひとつに。

 湖沼(こぬま)美兎(みう)の守護であり、最強の妖の一端を担う座敷童子の真穂(まほ)は。

 普段の子供の姿のまま、行儀悪く屋上の一角であぐらをかいていた。


「……気づかなかったわ」


 ぽつりと、呟いた言葉は人間は愚か誰の耳にも届かないであろう。

 ここには、妖はほとんど存在していない人間界なのだから。


「……なんで、人間界のこの時期だからって。美兎の側にいるのよ」


 真穂の目には映っていた。美兎が、初老の男と仲良く会話していたところを。

 恋仲の火坑(かきょう)がいるのに、他の人間との仲を疑うわけでもないし、相手の見た目はどう見ても老人。

 そこは、別にいい。

 問題は、その話していた老人の方だ。

 真穂も何度か見かけたことがある、妖とは一線を画している存在。


御大(おんたい)……」


 そう呟くと、美兎が去った後に。温室のような囲いの中にいるその老人が手招きしてきた。

 この距離なのに、真穂がいるのがわかっているようだ。隠れても無駄だとため息を吐き、風に乗って瞬時に彼のところへ移動した。


「久しぶりねぇ、御大?」
「その呼び名も、随分と久しぶりですねぇ?」


 真穂がすり抜けて入ってきても、大して驚かない。やはり、この老人は真穂が推測した通りの人物なのだろう。


「我の守護する人間と関わって、どうしたいの?」
「どうしたいも、特に……ではないですねぇ。旧い知人に頼まれていまして、彼女に贈り物を……と」
「贈り物?」
「……()も、たまには友との約束を果たすものじゃ」


 物言いが変わった途端、真穂の変化と同様に老人はさらに老人の風貌に変わった。

 大神(おおかみ)は銀に近い白だが、老人はさらに白く綿のように髪を生やし、髭も眉も同様に。

 服装は赤と白。黒のベルトが特徴的な、この時期人間界のディスプレイだとよく見かけるような格好に。


サンタ(・・・)が、個人の頼みを聞くの?」
「ほっほ。友のためじゃ、あの子にも深く関わっておるからのぉ?」


 フィンランド発祥の、子供達だけでなく人間の夢を叶えるとされていると聖なる老人。

 サンタクロースが、三田(みた)久郎(くろう)の本性だ。人間に溶け込むことも出来る、神のような存在なので実体化出来るわけだが。


「美兎とあなたの知り合いに? 人間……よりは、神か妖?」
「ほっほ。妖じゃよ。君も会ったことがある奴じゃ」
「我と?」


 いったい誰だろうと首を傾げていたら、サンタクロースは持っていた茶か何か入った紙コップの中身を飲み干した。


「茶飲み友達じゃからな? 時期が来れば、君もわかるじゃろ?」
「……それまで、美兎の近くにいるの?」
「ほっほ。恋人となかなか会えない彼女を癒す存在は多い。君もじゃし、儂も加わりたいだけじゃ」
「ふーん?」


 真穂以上に美兎と関わりの深い妖。

 もしや、と思って顔を上げれば。サンタクロースはその通りだと言わんばかりににっこりと笑っていたのだった。


「あれも、いずれ会いたいと言っていたからのぉ。儂も手助けしたいんじゃ」
「……最高のクリスマスプレゼントになるんじゃないかしら?」
「ほっほ。君も協力してくれるのかね?」
「むしろ、そのために我を手招きしたんじゃないかしら?」
「ほっほっほ」


 最高のプレゼントに最高のクリスマス。

 それを本来与えるのは、火坑の役目だろうが。

 親類縁者からとなれば、手伝わないわけにはいかないだろう。

 日にちも残り少ないので、真穂はサンタクロースと思い思いに計画していくのだった。