ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。







 雪女の花菜(はなな)は少しうきうきしていた。

 雪女の本領発揮と言える、12月(師走)な理由もあるが、今日は少し違う。

 料理人の端くれである自分の兄弟子にあたる、猫人の火坑(かきょう)と人間の友人となった湖沼(こぬま)美兎(みう)

 二人が先月末に目出たく付き合うことになったと知らせを受け、かつ、火坑からは楽養(らくよう)一同にお願いがあると告げてきたのだ。

 花菜はまだまだ未熟者ではあるが、友人と兄弟子のために今日のデートのお手伝いはしようと張り切っている。自分自身、ろくろ首の盧翔(ろしょう)とは何も進展がないのだが。それはそれ、これはこれ。

 とりあえず、師匠である黒豹の霊夢(れむ)に必要な材料を仕入れるように、と、お使いに行っていた帰りだ。

 人間界の食材で作るらしいので、雪女の花菜の体温は零度以下。冷蔵食材などにはちょうどいい温度なので、空気中の温度とも相まって保冷剤要らずの移動式冷蔵庫状態になる。

 今日は肉や魚を多く仕入れたので、鮮度は抜群。火坑が普段仕入れるのと同じく、人間界の柳橋にわざわざ仕入れに行ったので、ゆっくりと楽養に向かっている。

 自転車の方が当然徒歩よりも移動は早いが、花菜は雪女なので空中に溶け込んで飛翔することが可能なのだ。だから、盆地特有の寒さを含んだ風に乗り、雪女の本性のまま飛んでいる。

 人間で霊力が高い見鬼(けんき)の才を持つ人間は、多いようで実は少ない。

 時代の流れもあるだろうが、美兎や彼女の常連仲間である美作(みまさか)辰也(たつや)のように。妖自らが守護につくことを望む才能はごく稀。

 だから、本性のまま飛んでも大抵の人間の目には留まらないだろう。花菜は界隈に到着してから地面に降り、妖気を抑える人間紛いの装いに変化してから荷物を抱えて歩き出した。


「あんらぁ? 花菜じゃなぁいのん」


 ちょっと歩いた先に、派手だがケバくないくらいに装いを整えている、女のように話すが女ではない。

 ヒールを履いてはいるが、足の形がゴツい。

 けれど、知り合いではある。

 狐狸(こり)の一種で、通称化け狐とも呼ばれている()。BAR『wish』の看板バーテンダーである宗睦(むねちか)だ。

 名前もゴツいので、普段はチカと呼ぶように言われているが。


「こ、こんにちは。チカ姐さん」
「こ〜んにちは〜。すっごい買い込んでいるけど〜? 鏡湖(かがみこ)の袋じゃないわねん?」
「は、はい! 柳橋まで行ってきました」
「わざわざ人間界に〜? 火坑(きょー)ちゃんもだけど、みんな好きね〜〜? ま、あたしもマスターに言われてたまに仕入れに行くけど」


 シャランと鳴りそうな装飾品の数々は目を見張る程だ。花菜は基本的に防寒重視なのであまりお洒落はしないのだが。

 けど、少し。

 男ではあれど、女性のように着飾る宗睦が羨ましかった。彼は、盧翔とも飲み友達で仲が良く。むしろ、宗睦のお陰で盧翔と知り合えたのだ。

 であれば、彼に相談すべきか。

 だが、今はまだ仕事途中だ。それに、美兎と火坑のためにとびっきりの料理を作るのだから。


「あ、あの。すみません。仕事の途中なので、私これで」
「あら〜? 何も用がなくてあんたに声をかけたわけじゃないのよん?」
「え?」
「あたしも霊夢っちに呼ばれてるのよ〜。きょーちゃんの初デートに、ふさわしいカクテルを作ってくれないかって。だから、あんたを迎えに来たの」
「そ、そうだったんですか」


 なら、出張バーテンダーと言うところか。

 花菜はまだ片手で数えれるだけだが、バーテンダーの宗睦の装いを見たことがある。口調は変わらずだが、キリッとしたバーテンダーの出で立ちになると。女性の妖の注目を一度に集めるくらいの美形になる。

 化ける、が専門分野の狐だが。人間社会に溶け込めるくらいにならないと人間のような職種にもつけない。

 だから、普段はいわゆるオネエではある宗睦でも妖としては憧れの的になるのだ。

 荷物は、花菜が袋に触れてるので霜焼けになるからと歩調だけは合わせてくれた。


「人間の女の子で、しかもあの真穂(まほ)様が守護についたのがお相手でしょう? 具体的には聞いてないけど、どんな子なの?」
「えっと……その。物凄く優しくていい子です。私が……勘違いしたのに、責めてくることもなくて」
「勘違い?」
「えっと……」


 花菜が美兎にしでかした事を告げれば、宗睦は腹を抱えるくらい大笑いしたのだった。


「あんたもあんたね〜? そんなに盧翔が好きなら、もう告白しちゃいなさいな?」
「け、けど……」
「盧翔そこそこ人気だから、誰かに取られちゃうわよ〜?」
「え、い、いやです!」
「ほらほら〜?」
「うう……」


 たしかに、美兎もぬらりひょんの間半(まなか)に背を押されたことで、楽庵に行けたし火坑からも思いを告げられたとダイレクトメールで聞いた。

 次は、花菜の番だとも言われたが。正直言って、自信がない。

 明るさの塊である盧翔は、元師匠で亡くなってしまったイタリアの人間の女性を思っているから。

 それを知っているので、花菜は自分の想いを告げられないでいる。

 宗睦もそれを知っているのか、軽くニット帽の上から頭を撫でてくれてそれ以上は何も言わなかった。

 だけど、あと少しで楽養に到着しかけた時に。

 正面から急いで走ってきた盧翔と鉢合わせたのだった。