レストランで空腹を満たしてから、またそれぞれのカップルは手を繋ぎながら展示を観覧し。
白イルカこと、ベルーガのところに到着したら。美兎と紗凪は自然とテンションが上がってしまった。
「きゃ〜〜! 美兎ちゃん見てみて、バブルリング見せてくれたよ〜!!」
「ほんとだ〜! 綺麗な泡の輪っか!」
人間に世話をされているせいか、手を振るだけで近づいてくるくらい人懐っこい。
ガラス越しではあるが、ガラスにぶよぶよとした大きな頭を擦り付けるのは愛らしい。普通のイルカとも違うが、初めてみた美兎も夢中になってしまいそうだった。
「白イルカは別名ベルーガ。海のカナリアとも呼ばれる程に、鳴き声も愛らしいそうですよ?」
「そうなんですか?」
「かきょーさん、詳しいね? 美兎ちゃんのために下調べしたの?」
「……お恥ずかしながら、その通りです」
界隈での猫の頭ではなく、人間の姿で照れるだなんてなんだか新鮮に見えた。
けれど、それだけ美兎を気遣っての行動だ。美兎も嬉しくなって頬に熱が集まりそうだった。
「……次は、トレーニングを見に行くのでござろう?」
「そだね! すーくん、行こ行こ!」
烏天狗の翠雨は下調べをしたのかは分からないが、恋人の注目を逸らされたことに拗ねたのか。実に見た目に反して愛らしい嫉妬の表現だ。
紗凪が腕にしっかりしがみついたら、突撃されても微動だにせずに体を支えてさっさとエレベーターに向かっていく。
美兎がくすくす笑うと、火坑も同じように笑った。
「仲が良いんですね?」
「ええ。ですが、烏天狗は種の存続のために、恋人を選ぶのは大変厳しいと有名です。けれど、紗凪さんはその条件に当てはまっているのでおそらく大丈夫だと思われますが」
「条件、ですか?」
なんだろうと思って聞いてみると、火坑はまた顎に手を添えた。
「稀に等しい、強力な霊力を保持する女性です。天狗も妖力よりは霊力をまとうことがほとんどなんですよ。山の神とも言われるほどの、神聖視された種族なもので。だから、出来るだけ高密度の霊力がないといけないそうなんですよ。翠雨さんに以前伺った内容ですが」
「……それだと。私は感じ取れませんが、紗凪ちゃんは大丈夫なんですね?」
「ええ。今は表に出にくいように、翠雨さんの霊術で抑えられているそうですから」
「……よかったです」
あれだけ仲の良い恋人同士を、引き裂く思いなんて紗凪もだが翠雨にもして欲しくない。
その心配がほとんどないのにほっとしていると、握っている手の力が少し強くなった。
「美兎さんもですよ?」
「え?」
なんのことだろうと振り向けば、火坑が真剣な顔をしていたのに思わず鼓動が高鳴った。
「あなたも、特異な霊力の保持者なんですよ? 何故、座敷童子の真穂さんがあれだけの条件であなたの守護に憑かれたかわかりませんか?」
「え……っと、美味しい霊力だから?」
「ふふ。その美味しい霊力自体が特殊なんですよ。けど、今は僕が恋人ですから尚のこと誰にも手出しさせません」
「ひゃ、ひゃい!」
そんな甘い言葉を紡がれてしまったので、美兎は体が溶けていくような不思議な浮遊感に襲われたのだった。
そのふわふわのまま、白イルカのトレーニングの展示場に向かったが。
指導員の指示で、可愛くパフォーマンスを見せてくれても。
美兎の頭には、ずっと火坑の言葉がリフレインしたまま、体を熱くしていくのだった。
それに気づかない火坑ではないので、美兎の体調を気遣い、残りの展示場を回らずに妖術で火坑の自宅に行くかと提案してくれたが。
「だ、大丈夫です! ちょ、ちょっと驚いただけで!」
「ですが」
「……女子が慣れぬ言葉をかけたら、そうなるでござろう?」
「……反省してます」
「あ、じゃあ。アイスで気分変えよ? 私とすーくんが買ってくるから!」
「いい提案でござる。湖沼殿、ソフトクリームなら平気か?」
「……はい」
「火坑もそれでいいな?」
「……ありがとうございます」
とりあえず、展示場から少し離れたベンチスペースで火坑に寄りかかる姿勢で楽には慣れたが。服越しでも、温かな火坑の体温に安心出来て。
やっぱり、この人と恋人になれてよかったと思うのだった。