水族館。
水槽に展示されている魚などを見る以外は、イルカショーを見るようなイメージしかないと思われているが。
しばらくぶりに訪れた、名古屋港の水族館は。美兎の予想をはるかに超えるくらい、綺麗に綺麗に改装されていた。
入ってすぐの受付もだが、館内に入ってからも幻想的で。適度な照明と落ち着いたBGMが、気分を落ち着かせてくれる。
「……気に入られましたか?」
キョロキョロしていたのか、火坑がくすりと笑っていた。
「あ、すみません。思った以上に綺麗で」
「ふふ。喜んでいただけて何よりですよ。ここは数年前にリニューアルされたようなので、美兎さんの知っていた世代とはだいぶ様変わりしているはずです」
「そうなんですね! 私、動物だと東山にある動物園ばっかりでしたから。あそこもリニューアルしてから行っていないんです」
「ふふ。また約束が出来ますね? 僕でよければ一緒に行きませんか?」
「行きます!」
また新しい約束。
客と店の主人との関係以上に、恋人として色々約束出来るのは嬉しいことだ。
先に行っている、紗凪と翠雨はとっくに自分達の空間になっているのか。紗凪がメインであっちに行ったりこっちに行ったりしている。元気なことだ。
「思っていた以上に、元気なお嬢さんですね?」
火坑もあちらに気づいたのか、ニコニコと笑っていた。
やはり、特別美形ではないがほっと出来る顔立ち。それに、元は猫の頭であるのだから美兎はこちらの方は好ましく思えた。
大学時代の彼氏は、顔はよくても性格に難有りだったから。昔と違い、今は男運が上がったのだろうか。人間ではないけれど。
それと、いくつか。
美兎は彼に聞きたいことがあった。
「……響也さん、聞いてもいいですか?」
「? はい、僕で良ければ」
「えと。地獄の偉い人だったのに、どうして現代……妖に生まれ変わったのかなって」
「ああ、その件ですか」
ふむ、と火坑は癖なのか空いている手で顎を軽くさすった。
「……聞きにくいことですか?」
「いいえ。ただ、初めてのデートでいきなり聞かれるとは思っていなかっただけですよ?」
「すみません……」
「謝らないでください。僕もあまり他人に話すほどのことではないと思っていただけですから」
「? そうなんですか?」
「美兎さん、人間もですが。輪廻転生はご存知ですか?」
「……名前しか」
「死んであの世に還った魂が、この世に転生することですよ? 世界各地の宗教にもこの考え方はありますが。僕はただの猫で、あの世では獄卒……地獄の役人の一人でしかありませんでした。閻魔大王より補佐官の一人に抜擢されなければ……おそらく、転生することもなく、美兎さんとお会いすることもなかったでしょう」
「…………」
人間ではなく、妖。
しかも、さらに前は地獄の役人。
彼がそこから転生していなければ、たしかに今美兎とも出会わずに恋人になることもなかった。
辛い思い出かと聞けば、そうではないと火坑は首を横に振った。
「名目は、修行ですね? 魂が肉体を持ち、俗世に触れてさらに己の魂を研磨させる。猫畜産だった僕が、亜条さんのような肉体を得て、現世に生まれ変わったんですよ。いきなり人間よりかは、交友のあった妖ですが」
「修行……って、お料理じゃなくて?」
「ふふ。それは転生の後に、師匠に拾われたからですよ? 転生直後、記憶はあれど僕の肉体は猫の頭以外も子供サイズでしたし」
猫の頭を持つ子供。
普通なら絶叫物だろうが、火坑に恋している美兎にとっては、絶対可愛いと連呼していただろう。けれど、今は今で素敵だから。
歩きながら話をしてたので、今美兎達が通っていた水槽はアジの大群が嵐のように遊泳しているところだった。
「霊夢さんにですか?」
「はい。妖への転生なので、両親などはいませんでした。別段珍しいことではありませんね? 妖気や瘴気から生じる妖は多いんです。親持ち……だと、例えば翠雨さんのような烏天狗が通常ですね?」
「へー?」
と感心していたら、いきなり目の前に紗凪がやってきて。ぷくっと可愛らしく頬を膨らませていた。
「水槽とかほとんど見てないじゃん! ずーっと二人で話してて」
「ご、ごめん?」
「紗凪。二人はまだ番に成り立てでござるよ? 積もる話もあるだろう」
「そーだけどー! あんまりゆっくり歩くから、置いてくとこだったじゃん!」
「……もともと逢引きなのだから、某達は邪魔では?」
「むー! シャチのトレーニングとか見逃しちゃうよ!」
「シャチ? 白イルカじゃなくて?」
「そだよ? 白イルカ以外にも、ペンギンとかシャチのが見れるらしいんだ〜」
触れ合うことは出来ないだろうが、可愛い動物達のパフォーマンス。
これは、たしかに見ておかなければいけない。
美兎も行く気が湧いてきたので、火坑には話をまたにしてもらうことにしたのだった。