さあ、火坑(かきょう)が。時期外れではあるが、心の欠片で取り出した賀茂茄子で田楽味噌を作ってくれるのなら。

 その間に、スッポンスープでもと思ったら。牛鬼(ぎゅうき)絵門(えもん)からひとつ、と提案があった。


「我も楽しむのだから、我もひとつ差し出そう。美兎(みう)とやらに近いものにしようぞ」
「かしこまりました」


 火坑がぽんぽんと絵門が差し出した両手の上を軽く叩き。一瞬青白い炎が上ったが、すぐに消えて絵門の両手の中には見たことのある白い四角の塊があった。


「おや、木綿の豆腐ですね?」
「田楽……とそちが言ったのでな? これで美味い味噌田楽を作ってくれ」
「かしこまりました」


 しかし、火坑は茄子の方をカットして水につける以外。豆腐の方と睨めっこしているのだった。


「火坑さん、メニューで悩んでいるんですか?」


 美兎が尋ねると、彼は少し苦笑いするのだった。


「ええ。このまま田楽用にカットしても美味しいでしょうが。茄子はともかく、豆腐は味噌ダレの味そのものですしね? せっかくの生ビールを味わっていただいてますから。こう……もう少し変わり種をと」
「んー? だったら、もっとジャンキーなものにしたら? 例えば、味噌に合いそうな食材と合わせたりとか。真穂(まほ)達、まだそんなにもお腹いっぱいじゃないし?」
「ジャンキー……ですか?」
「なんだ、それは?」
「絵門は、人間達のお手軽な料理とか食べたことがある?」
「手軽……? 握り飯か?」
「違う違う。ハンバーガーとか、ピザとか」
「……聞いた程度だな?」
「なら、ちょうどいいわね? 火坑、チーズある?」
「! かしこまりました。では、豆腐の方は。田楽味噌の豆腐ピザにしましょう」
「わーい!」
「わぁ!」


 田楽味噌の方は、美兎もこの土地の育ちなので。定番の味噌ダレで昔、母にも作ってもらった覚えがある。だが、火坑は一から手作りするようで。材料をボウルに入れてから泡立て器で軽く混ぜ合わせていた。


「豆味噌でも出来ますが、基本は赤味噌がいいですね? 八丁味噌だけだと味に癖があるので今回は普通の赤味噌とも混ぜ合わせます」


 次に、茄子の水気をとってオーブンとも違う、グリル専用の機械で焼いていくようだ。


「この茄子に火が通ってから味噌を塗り、軽く焦がす程度で大丈夫です」


 次に、豆腐。

 崩れにくい木綿の豆腐を、キッチンペーパーでしっかりと水気を取る。それから少し厚めの長方形に、カットしていく。


「これに、軽く小麦粉をまぶして。フライパンで焼きます」
「いきなり、具を乗せて焼くんじゃないんですね?」
「そうですね。中の水気までは取れていませんし、衣でコーティングすることで具材に水分が行き渡りにくくするんです」
「ほう、興味深い」


 そして、焦げ目がついたら天板にアルミホイルを敷いたやつの上に並べて。味噌ダレ、ピザ用チーズ、刻みネギを乗せて。

 これはオーブンで焼くようで、スイッチを入れたら火坑は茄子の方にも味噌ダレを塗って行った。

 そして、店内には味噌が焦げ付く香ばしい匂いが漂ってきた。


「わ〜、懐かしいです!」
「美兎さんは、そう言えば。名古屋出身でしたか?」
「はい。天白(てんぱく)区の方です」
「へー? 原? 塩釜口(しおがまぐち)? 植田?」
「ううん、平針(ひらばり)
「じゃ、結構のんびりしたとこで育ったわけね?」
「うん。お母さんは春日井の方だけど」
「では、お父さんが平針の方ですか?」
「はい」


 そうこう自分の事を初めて火坑に知ってもらっているうちに。茄子の方が出来上がったので、美兎達の前にひと皿ずつ手渡されたのだった。

 丸いフォルムが特徴的な賀茂茄子の半分の上に。火坑手製の味噌ダレがキラキラと宝石のように輝いていた。


「切り込みを入れてますので、味噌の下からどうぞ」
「いただきます!」


 ようは、焼き茄子に味噌をのせて焼いただけだが。火坑手製の味噌ダレがどんな味わいになるか気になって仕方がなかった。


「んん!?」


 蒸し茄子とかは、正直言って苦手の部類ではあったが。油通しもしていない茄子はほくほくのとろとろで。甘辛い味噌ダレとも相性が抜群。

 皮は少し分厚いが、味噌と茄子の相性は正義だとしか言いようがない。

 これは、日本酒もいいだろうが名古屋人ならばビールが合うだろうと。美兎は新しいジョッキの中身をゴクゴクと飲んだ。


「……幸せの循環ですぅ〜」
「お気に召したようで何よりです。ピザの方も出来ましたよ?」
「わーい!」
「わー!」
「ほう。それが、ぴざ?」


 和風ピザと言っていいのかはわからないが。豆腐と味噌、さらにチーズの組み合わせはお惣菜でも少ない。

 こう言う料理屋さんでも少ないし、居酒屋メニューならきっとあるかもしれないが。

 火坑の創作料理も、美兎は彼と同じくらい好きだったので。どんな味なのか楽しみだった。