心の欠片での、食材の取り出し方については未だに不思議過ぎではあるが。火坑が生み出した料理はどれもが絶品揃いだった。
なら、その師である霊夢の料理も一級品であるはず。
だが、すぐに調理に取り掛からずに、黒豹の彼は考えているのか顎に手を添えていた。それが、人間だったらイケオジに部類されるくらい様になっている。彼の年齢もだが、火坑の年齢も知らないのにイケオジと思ってはいけないだろうが。
「そうだなあ? 秋も暮れてっし、茶碗蒸しには少し早いか。心の欠片だから毒性は気にしなくてはいいが……」
彼の独り言に、とんでもない言葉が混じっていた。
「え、銀杏に毒があるんですか?」
「お、聞こえてたか? そうだ。植物は大概鳥とか虫を外敵にしてっから、食用出来る部分に毒性を少なくとも含んでんだ。ま、お嬢さんから取り出したこいつは心配ないが。銀杏の食い過ぎで気分が悪くなる人間や妖も少なくねーんだよ」
「へー」
火坑に聞けば、同じ返答をしれくれるだろうが。またひとつ料理の勉強になったのだった。
「けど、見たところ腹は空かしているだろうし。かやく飯やおこわは炊くのに時間がかかるからなあ? 普通の炒り銀杏とかじゃ、腹は膨れねーしよ?」
「師匠、アレンジでアヒージョとかどうだい? 俺、この間作ったけど。手軽で美味かったぜ?」
「ほう。けど、ニンニク強いぞ? このお嬢さんは他の人間と接するのが多くないか?」
「あ、そっか」
火坑の兄弟子である、いぬがみと言う部類らしい蘭霊が提案はしてくれたが。すぐに霊夢が渋い顔をしたのと、美兎の仕事を思うと難しいのではと却下したのだった。
美兎としては、アヒージョを過去に食べたことがあるので。マッシュルームとかを入れられたらとてもじゃないが、完食する自信はなかったので助かった。隣にいる真穂は知っているのでくすくすと笑われたが。
「あ、あの! 師匠、兄さん」
「あ?」
「ん?」
「その……美兎ちゃん、きのこ全般がダメだそうで。兄さんのアヒージョとかは、多分食べられそうに……ない、です」
「おっと」
「先に聞いとくべきだったな? お嬢さん、他に嫌いな食いもんあるか?」
「えっと……こんにゃく、が」
「おっし。それも除外すっか。んで、腹にたまるなら……やっぱり、茶碗蒸しだな? ついでにつまみ用に炒り銀杏作ってやるよ」
雪女の花菜や蘭霊に指示を飛ばしながら、霊夢は丁寧に銀杏の殻をペンチのようなもので、少し割っていく。それから厚手の鉄鍋のようなものに、おそらく塩だけしか入っていないが。その中に銀杏をふたつかみ入れてから、火の上でゆっくりと鍋を振るうのだった。
「炒り器とか今時はあるんだが。こう言う方法もあんだぜ?」
美兎がじっと見ていたせいか、霊夢が喉の奥で笑いながら答えてくれた。
「お嬢さん、あいつを必要以上に気にかけてくれてんだろ?」
「え!?」
「なんで、と続けるなら。……そうだな? 強いて言えば、あいつの師匠だから。かな?」
「え、え、え、火坑さんに、何か聞いたんですか?」
「いいや? ケサランパサランの件も風の噂で聞いた程度だ。ここ一年くらい会ってねーよ?」
「けど……」
「ま。ここは女ならぬ、男の勘ってやつか? それと、真穂ちゃんの守護がついたお嬢さんは、ちょっとした有名人だからな? まさか、うちの馬鹿弟子が連れてくるとは思わなかったが」
馬鹿の部分を強調すると、鶏肉か何かにお湯をかけていた花菜の肩がびくんと大きく揺れたのだった。それをわかっているのか、霊夢はまた、くくくと笑い出した。
「ま、経緯はなんであれ。一度うちの店に来てくれて嬉しいぜ?…………っと、跳ねてきやがった。ちょいと気をつけてくれよ?」
ぽん、ぱん、と音が聞こえてくると、彼の手にある塩の鍋から銀杏がぴょんぴょんと跳ね上がっていた。
「こう言うのはしょうがねーからな? っと、いい具合だ。ほらよ、熱いから気をつけな?」
塩ごとざるに入れて、余分な塩を取ってから器に盛り付けてくれた。ご丁寧に、殻用の器まで差し出してくれて、お酒もよく冷えた冷酒を。
「じゃ、かんぱーい」
「うん、乾杯」
涼しげなガラスの猪口を軽く打ち合い、ほんのひと口含む。甘めだが、スッキリとした味わい。この味は楽庵になかった。
「飲みやすいだろう? 妖でも人間でも、女性客には人気のやつだ」
「すっごく、飲みやすいです」
「水とまではいかねーが、飲みやすくて結構酔っ払っちまうのが難点だが。つまみと一緒に飲んでみな?」
なので、剥きやすくしてくれた銀杏の殻を割り、薄皮をめくって口に放り込む。
温かく、甘く、ほのかに苦くて少し塩っぱい。
その後に、冷酒を口に含んだら。幸せの循環が訪れた。
「美味しいです!」
「簡単なように見えるつまみもなかなかのもんだろ?」
「はい。火坑さんのお店では、自家製の梅酒ばかり飲んでましたが」
「杏と高麗人参入りのか? あれも、俺が教えたんだぜ? お嬢さんの気に入りなら良かった」
「ここでもあるんですか?」
「おう、仕込みはここ数年は蘭霊に任せてるんだが。蘭霊、お嬢さん達にロックで一杯ずつ」
「あいよ」
本家本元なら、どんな味か。美兎はウキウキし出してしまい、炒り銀杏をぱくぱくと口に頬張っていく。
この銀杏は気にしなくていいらしいが、とても毒があるだなんて思えない。が、花には毒があるとも言うし、実にも毒があってもおかしくないのだろう。
蘭霊が、ルビーのように赤い梅酒のロックを持って来てくれたと同時に。
花菜が作った、特製の茶碗蒸しが出来上がったらしい。出汁の良い香りが鼻をくすぐった。
「お、お待たせ致しました。銀杏と鶏肉の茶碗蒸しです! キノコは入っていません」
「花菜ちゃん、ありがとう!」
「うわ〜、良い匂い!」
「あ、熱いので火傷にはご注意ください」
「うん!」
「食べよ食べよ!」
さて、ひと口。とまずは、梅酒の方から口にしたが。
味わいが火坑の店のものと比べようがなくて、甘くてスッキリしていて、とても喉越しが良かった。