ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。




 約二ヶ月前に、座敷童子の真穂(まほ)と契約した新人デザイナーの湖沼(こぬま)美兎(みう)なのだが。

 今日は仕事の振替休日なのと、真穂の提案で(にしき)でも妖界隈にある妖デパートにやってきている。

 その中のひとつ、三○によく似た高級デパートの『鏡湖(かがみこ)』と言うところに、真穂に手を引かれながら連れて来られた。

 真穂は、妖界隈にいても今日は美兎の服を買いに来たからと大学生くらいの姿になっている。その姿だとおかっぱ頭はセミロングになっているから少し不思議だ。


「さー、買うよ!」
「真穂ちゃん、意気込むのはいいけど。派手なのはやめてね?」
「え、ダメなの?」
「スーツじゃなくていいにしても、社会人だからあ!」


 なんとなく、お洒落着を選ぶにしても派手なものを選ぶのではと思って言うと、見事当たってしまった。

 けれど、似たり寄ったりが多いのは自覚しているので、多少真穂の意見は取り入れよう。

 けれど、まだ二回目だが妖のデパートでも従業員のほとんどが動物の顔以外そんなにも人間と変わりない。

 妖だから、もっと毒々しいイメージからまだ抜け切っていなかったせいか、ギャップが激しかった。住む世界と見た目などは違うが、同じ生きてる存在だと思えば受け入れられる。

 美兎は、猫人の火坑(かきょう)と出会ってからそんな風に思うことが出来た。


「うーん。秋らしくても、美兎の着るもののイメージって黄色だよね?」


 エスカレーターに乗ってから、真穂がいきなり言い出した。



「あ、お母さんにもよく言われる」
「うん。美兎の霊力の質とか、最近の言葉だとオーラ? あれが、美兎の場合だと若草……綺麗な黄緑色に見えるんだー。だから、真穂も綺麗だなあって近寄ったんだけどー」
「お、美味しいの?」
「うん! ご飯も美味しいけど。美兎の霊力って癖になるんだよねー? 綿菓子みたいで」
「綿菓子?」


 たとえ方が子供っぽいが、真穂は美兎より何十倍以上もの歳上である妖だ。けど、元の外見が子供だから精神年齢も結構、と思いがちだがしっかりしてるとこはしっかりしている。

 今回も連れ出してくれたのが他ならない彼女だから。


「食べると甘くてふわふわしていい気持ちになるんだよ〜! って、降りなきゃ」


 まるで夢心地のような気分になっていたのを止めたのは、エスカレーターの終点が見えたから。二回ほど登って三階に到着したあたりで美兎も降りた。

 そして、目の前に広がるのは。


「ほんとに……人間と変わんない」


 服もだが、ディスプレイもさることながら。どこをどう見ても、真穂の知ってる人間の店となんら変わりない。この前は、食品売り場に行っただけだから、こう言うところまで一緒だとは思わなかったのだ。


「さーて! 服いっぱい買っちゃお!」
「け、けど! 私そこまでいっぱいお金持ってないよ!?」
「大丈夫大丈夫! 妖と契約した人間には、色々サービスがあるんだよ〜?」
「サービス?」


 なんの、と聞く前に誰かがこちらに近づいてきた。


「お客様、そちらの妖様との主従契約を結ばれていらっしゃいますね?」
「ひゃ!」


 ちょっと驚いたが、ウサギ顔の妖らしい女性店員だった。性別がわかったのは、なんとなく声でだが。


「うん、真穂。座敷童子と契約してる子だよー?」
「かしこまりました。では、わたくし穂積(ほづみ)がよろしければご担当致しましょうか?」
「うん、お願い!」
「担当?」
「うん。初回とか、真穂とかみたいに契約してる妖と一緒だと。店員から担当につかないか聞いてくるの」
「へー?」


 人間でもなくはないが、サービスが行き届いているからだろうか。よく見ると、店員の隣に人間らしい服装の女性がちらほら見えた。意外にも、妖と契約している人間は多いのか。はたまた別か。


「では、改めまして。わたくし、穂積が承ります。失礼ですが、お客様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? お嬢さんの場合は名字で結構ですよ?」
「あ、湖沼です!」
「真穂は座敷童子の真穂!」
「まあまあ! 座敷童子様と! それでは盛大にサービスさせていただきます。本日御入用のものは衣類関係でよろしかったでしょうか?」
「うん! 湖沼ちゃんの会社での服とかー」
「湖沼、ちゃん?」
「ここからはねー? 不特定多数に名前知られたら、真穂の加護があっても大変だもん」
「へ、へー?」


 エスカレーターでは思いっきり呼んでたが、色々ルールがあるのだなと実感するしか出来なかった。


「会社ですか。失礼ですが、湖沼様の場合。女性の皆さんはどのように?」
「えっと……スーツは少ないですね。でも、少しフォーマルなスタイルが多いです」
「なるほどなるほど。では、こちらにいらしてください」
「はーい!」
「は、はい!」


 どんなところに連れてかれるのかな、と穂積の後についていくと。美兎の目に飛び込んできたのは、ふんわりとしたイメージが強い婦人服売り場だった。


「か〜わいい〜〜! 湖沼ちゃんに似合いそう〜!」


 美兎本人が声を上げそうになった横で、真穂が先に声を上げてしまった。ただ、今の発言には少し言及したかった。


「似合わない似合わない! こんな可愛いの私になんて似合わない!?」
「えー? 着てみなきゃわかんないよ? 真穂は似合うと思うけど」
「是非一着だけでも。この秋の新作ブラウスも多数ありますよ!」
「ぶ……ブラウス!」


 穂積の手には、フリルが抑えめではあるが。非常に、非常に美兎の好みのど真ん中を突き抜けた一着が手にされていた。

 その出来るサービスに抗える力は、美兎には、なかったのであった。


「うう……着替えることに」


 手にとってしまった時の手触りの良さに。一着だけなら、と口にしたら真穂や穂積に試着室に連れてかれたわけである。


「あ、縁にポンポンついてる。可愛い」


 冬服仕様ではないが、可愛いらしい白のふわふわポンポンが二個付いているのがとても可愛らしかったのだった。