あれから、十五年以上経ったが。

 今、翠雨(すいう)はあの時の子供だった紗凪(さな)と一緒にいる。

 幼い時よりも、はるかに美しく愛らしく育った彼女と再会したのは。助けてから十年後。

 翠雨が名古屋の街並みを歩いていた時だった。用事がいくらかあったので、人化をしていたのだが。

 それが終わってから、久しぶりに界隈にでも一杯するかと考えていた時に。走ってきたらしい、紗凪に腕を掴まれた。


『……誰、だ?』


 振り返れば、人間の女がいた。

 妖に負けず劣らずなくらいに、美しく愛らしい。髪は染めているのか茶色だったが、翠雨は初めて会うはずの女なのにどこかで見た覚えがあった。


『お、おにーさん! あの時の天狗、さ!?』
『大声でそれを言うな!?』


 思い出した。

 妖的にはついこの間ことだが。人間としてはひと昔前のこと。

 怨霊に襲われかけていた、幼い子供。

 それの成長したのが、今目の前にいる女なのだろう。翠雨は女の口を片手で覆いながら、仕方なく界隈に引きずっていく。話すにも、内容が内容なので人間界では無理だからだ。


『〜〜!! 〜〜!?』


 界隈に連れてくると、女は口を覆われていても嬉しそうにもごもごと動かしていた。その感触にくすぐったく感じたが、もういいだろうと離した。


『……あの時の、子供でござるか?』
『! そうです! やっぱり、お兄さんだったんだ!! 妖怪さんって全然変わんないんだね??』
『……そうでござる』


 女は、変わった。

 幼く頼りなさそうだった身体は娘らしく育ち。

 (かんばせ)なども、とても美しくなっていた。愛らしくて、妖と疑いかけたくらいに。

 だが、霊力はあの頃以上にまで膨れ上がっていた。


『探したんだよ? あの日以来、こう言うとこに来たくても……お兄さんがくれたこのお守りで無理だったし』


 と言って、女が懐から取り出したのは。

 翠雨が手製で作った、守り袋。たしかに、人間界に送った後に子供に渡していた。

 霊力が豊富にあるとは言え、また界隈に迷い込まないように。変な妖などに襲われないように、と。

 少し、綻びはあるが大切に持ってくれていたのだろう。

 翠雨は、何故か胸の内が熱くなってきた。

 だが。


『何故、(それがし)を探したのでござるか?』


 守り袋があれば、大抵の悪霊やよからぬ妖からは身を守れるのに。

 何故、翠雨を探していたのだろうか。翠雨にはよくわからなかった。

 すると、女はいきなり翠雨の手を掴んできた。


『一目惚れだったの!! お兄さんが好きなの!!』
『……は?』
『私の初恋叶えて!!』
『はぁ!?』


 どう言うわけか惚れられてたと知っても。

 妖と人間の生き方は違う。

 儚い命しか持っていない人間は、妖と交わるまではともに生きていけない。だが、交われば人間ではなくなってしまう。

 そう説き伏せても、女​──紗凪は聞く耳を持たず、翠雨と一緒なら構わないと言い切るだけで。

 そこから、さらに数年かけて。紗凪が成人しても数年経ってから。

 結局、翠雨も彼女に惚れているとわかったため、交際を始めることになった。烏天狗の長にも報告したら、(かんなぎ)の女であれば問題ないと言われただけで済んだ。

 だから、今も。

 翠雨は紗凪と一緒にいる。

 紗凪が社会人として二年目の春になって、ようやく火坑(かきょう)が営む楽庵(らくあん)に連れて行けるのだった。