はじめは、嘘だと思った。
火坑から、『後悔したくないなら、店に来てください』と連絡があったので。秋保に何かあったのかと思って急いだら。
扉を開けようとした時に、秋保の大声が聞こえてきて。
合歓を、好きになったかもしれない、と。
そんなまさか、と思って扉を開け放ち。
思わず、自分まで大声を出してしまったが。その反動で秋保が膝をかくっとさせてしまったので、慌てて抱きとめた。
怪我もなく無事だったが、今ここで秋保の本心を再確認するのはどうかと思った。何せ、お節介焼きの火坑とその恋人である美兎がいるからだ。
それに、出来れば二人きりになりたい。
ので、合歓は秋保を連れて店を出ることにした。彼女の勘定は、適当に合歓が支払ってから。
そこからは、合歓が秋保の手を引いて。
裏の裏を通り、とある神社にやってきた。
枝垂れ桜と、ソメイヨシノが美しく植わっている神社。
ずっと黙り込んでいた秋保も、さすがにこの光景には感嘆の声を上げた。
「うわぁ……!」
ちらっと顔を見れば、まるで少女のように、頬を紅く染め上げていた。その表情すら愛らしく、またすぐに抱きしめたい衝動に駆られたが。
今、ここで、確かめたい。
そう思うと、すぐに行動に移したくなって。
合歓は秋保を繋いでた手を変えて、彼女に向き合った。
桜に夢中だった秋保も、本題を思い出したのか合歓を見てくれた。その表情はとても男の心をくすぐってくれるような、扇情的なものだった。
泣いてはいないが、目が潤んで、心情を雄弁に語っていた。合歓をどう思っているのかを。
「笹河原……さん。もう一度確認していい?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ああ、どうして。
この女性はこんなにも素直で愛らしいのか。
この前は合歓の骨に夢中になっていたせいで、わからなかったが。今は、はっきりとわかった。
合歓のように、少なからず秋保も合歓のことを。いつのタイミングでそうなったかまではわからないが。
「……さっき。楽庵で聞いちゃったの。ほんと?」
「ど、ど、どこから……?」
「『恋とか初めてだし、ましてや大好きな骨持ってる妖怪さんだーかーらぁ!?』から?」
「わー!? わーわー!!?」
わざと真似するように言えば、彼女は空いてる手で合歓の口を塞いできた。
こんなところも、いじらしくて愛らしい。
恋は盲目だと、人間達がよく言うのを知ってはいたが。今なら、意味がわかる。
そちらの手も掴んで、合歓は秋保を逃がさないためにしっかりと握った。
「俺は……一目惚れだったよ?」
「ふぇ!?」
「あの日。楽庵に来た時から。めちゃくちゃ可愛い人間の女の子だなって」
「ほ……ほんとに?」
「マジ。声とか結構うわずってたけど、気づかなかった?」
「……全然」
鈍いとこまで愛らしい。
ああ、今抱きしめてしまいたいが。
まだ、ちゃんと確認してからにしようと、少し我慢した。
「笹河原さんも、俺と同じ?」
「……はい。合歓さんの泣き顔見てから」
「え、あれ? かっこ悪かったのに?」
「ぜ、全然です! 綺麗でした!!」
「綺麗って……」
骨マニアもだが、人化の合歓の泣き顔まで綺麗などと。
まったく、興味の尽きない女性だ。
だから、もう我慢出来ずに。合歓は秋保を抱き寄せた。
「ひゃ!?」
「……好きだよ。秋保」
「!……わ、私も。好きです、合歓さん」
「そこはタメ語でいいのに?」
「そう言いましても、私なんかよりずっとずっと歳上さんには無理です!」
「そーいうもん?」
「そうです!」
変なとこで頑固だが、そこも可愛いらしい。
思わず、性的な意味で食べてしまいたいが。そこはまだ出来ない。
妖が人間と交われば、人間は妖力を得て老化が止まり、長寿を得てしまう。
仕事をしている彼女に、まだその段階は早いから。
だから、合歓は。
膨れっ面になった彼女の顎をすくい上げて。
そっと、唇を重ねたのだった。
直後に、脳の許容範囲が越したことで、秋保をふにゃふにゃにさせてしまったが。
落ち着いてから、また楽庵に行く時には。
秋保は合歓の腕に、自分の腕を絡めてくれた。