秋保(あきほ)合歓(ねむ)の本性である『がしゃどくろ』を見させてもらったらしい日から数日後。

 美兎(みう)は、楽庵(らくあん)に来て欲しいと秋保から連絡があり。

 時間になって、店に向かえば。先に来ていた秋保が、美兎を見るなりいきなり抱きついてきたのだ。


「……秋保ちゃん?」
「うわーん!! 美兎ちゃん美兎ちゃん、どうしよう!?」


 どうした、と言いたいのは美兎の方だが。それでは話が始まらないので、ひとまずは落ち着かせて。

 席に座ってから、火坑(かきょう)も苦笑いしつつ、温かい煎茶を出してくれた。


「さあ、笹河原(ささがわら)さん。美兎さんもいらっしゃったんですし、ゆっくりお話してくださいませんか?」
「え、火坑さんには何も?」
「ええ。ここに来てからは『どうしよう、どうしよう』とばかりで」
「うう〜〜……だってだって!!」


 秋保はそう言うと、カウンターテーブルに顔を突っ伏した。本当に何があったのだろうか。


「秋保ちゃん?」
「だって……人間でもないのに、妖怪さんを好きになるだなんて、初めてなんだもん」
「え?」
「おや。もしや、合歓さんをですか?」
「そーなんですぅ……!!」


 まさか、と思っていたことが当たっていたのにも驚いたが。

 だが、この様子だとまだ合歓には告げていないようだった。なぜだかは、これから彼女の口から教えてもらえるのだろう。


「え、いつ? いつ好きになっちゃったの?」
「……この前。合歓さんのがしゃどくろ、見せてもらった時」
「んー? どう言うタイミングで?」
「……見せてもらった時ははしゃいじゃったんだけどぉ。人間に戻った? 後に、褒めたら……抱きつかれたの」
「え……えー?」
「あ、別に告白されたわけじゃないよ? なんでかお礼言われたの」
「お礼??」
「ですか?」
「骨さんの姿で、誰かに褒められることがなかったから。嬉しかったんだって」


 美兎も当然、がしゃどくろと言う妖の姿を見ていないので想像はつかないが。

 けど、合歓と出会った時には。彼は悪酔いするまで本性のことを嫌っているように見えた。

 それを思えば、その本性を褒めちぎってくれた女性には、お礼を言うだろう。

 ましてや、一目惚れした相手からなら尚更。


「……秋保ちゃんは、嫌だったの?」
「……うーうん。びっくりしたけど、合歓さんも泣いてたから……どう声をかけたらいいかわかんなくて。でも」
「でも?」
「不謹慎だけど、泣いてる顔が綺麗だって思ったの」
「で、気づいちゃった?」
「……うん」
「なるほど。一目惚れとは違いますが、笹河原さんはきちんと合歓さんを見ていらっしゃったんですね?」
「んーもぉー、どうしようなんですよ!? 恋とか初めてだし、ましてや大好きな骨持ってる妖怪さんだーかーらぁ!?」
「落ち着いて、秋保ちゃん」
「だって〜〜……!!」


 酒は飲んでいないようだが、自分の気持ちの大きさに触れて、若干パニックになっているようだ。

 初々しいが、どうしたものか、と思っていると。

 扉の方から、勢いよく開く音が聞こえてきたのだった。


「さ……さ、河原、さん……今のマジ!?」


 噂をすればなんとやら。

 話題にしていた合歓が、顔を真っ赤にさせて立っていた。ちらっと火坑を見れば、ぺこりとお辞儀しながらスマホを手に持っていたのだ。LIMEとかで、合歓に連絡したのだろう。


「え……え、え、ふぇ!?」


 まさか、秋保は大声にしてた言葉を聞かれるとは思わなかったらしく。

 合歓の登場に、立ち上がっていた膝をかくんとさせてしまい。

 美兎は間に合わなかったが、合歓がすぐに腕を掴んだことで間一髪、カウンターに頭をぶつけずに済んだ。


「……あの、さ。ちょっと、ここじゃなんだし。話がしたい」


 と言う言葉に、秋保は反射で頷いてしまい。

 楽庵から、二人は去って行ったのだった。


「いいカップルになりそうじゃない?」


 影から、真穂(まほ)が女性の姿で出てきて、秋保が座っていたところに腰掛けた。


「ね? けど、火坑さんもずるいですよ? 合歓さんにわざわざ連絡いれちゃって」
「ふふ。後悔したくないのであれば、来た方がいいですよと告げただけです」
「十分、意地悪じゃない?」
「ふふ」


 とにかく、あとは時間に身を任せるだけ。

 明日以降に、美兎も秋保にLIMEで教えてもらおうと決めたのだった。