ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。












 (えにし)と言うものは、結ばれるためにあるものだ。

 だが、それが叶わないと言う場合はどうすればいいのだろうか。


「大将さーん。もういっぱいー」
合歓(ねむ)さん、さすがに飲み過ぎですよ?」
「だぁってぇ」


 振られに振られまくっている妖の人生。

 がしゃどくろの合歓は、人化している時はそれはもうモテまくるのだが。妖の種族名通り、髑髏(どくろ)の化身そのもののアンデットさながらの本性は、バラすといつも恐れられるのだ。


「店主としてではなく、友人として言わせていただくと。アルコールに毎度毎度溺れるくらい呑むのは関心しません。僕の売り上げはともかく、体調を壊しては合歓さんのためにはなりませんから」
「大将さん、イケ猫ぉ。大将さんみたいな人と付き合いたい〜〜!!」
「残念ですが、僕は心に決めた人とお付き合いしていますので」
「うう〜〜!!」


 そう。その噂は合歓も知っていた。

 霊力の高い人間と結ばれて。それ以外にも、この店に来る客で妖と人間との縁を結んだとかなんとか。噂の尾びれ背びれひっついたりしているが、事実は事実らしい。

 現に、目の前にいる猫人は、人間と付き合っている。顔を見るだけでも幸せそうでいた。それが羨ましいのなんの。


「ですが。見境もなく、他の方に言い寄るのは感心出来ませんね?」
「俺だって俺だって!! 見境なく女性に手出ししてないよ!? 来てくれるから受け止めているだけであって!!」
「……ですが。いい雰囲気で本性を見せたら?」
「…………はい。皆ドン引きで振られたですよぉ」


 戦死などで寄り集まった、死者の骸骨や怨念の塊。

 合歓は子孫だが、その本性は色濃く受け継がれているのだ。だから、ついついいい雰囲気になると人化の術が解けてしまい。結果、破局続きなわけである。


「こんばんはー!」


 と、悲嘆に暮れていると、元気の良い女性の声が聞こえたので顔を上げれば。

 可愛らしいが、なんだこの人間の女性は。と、まとう霊力とわずかな妖力に圧倒されたのだった。

 圧倒され過ぎて、思わず本性に戻りかけたが耐えた。初対面の女性を驚かせてはいけない。


「いらっしゃいませ、美兎(みう)さん」


 美兎、と言う女性に挨拶した時の火坑(かきょう)の顔が。まるで、蕩けるような笑みになった。つまりは、この人間の女性が彼の伴侶予定なのか。


「あ、はじめまして」


 そして、合歓にも声をかけてくれるいい子だった。美形の状態でいるのに、一切顔を赤らめてもいない。彼女には、火坑が一番だからか。実に羨ましい。


「はじめ……まして。合歓と言います」
湖沼(こぬま)美兎と言います」
「彼女が、先程お話しさせていただいた方です」
「え、火坑さん!?」


 ああ、ああ。まったくもう。

 なんて仲の睦まじさを見せつけてくれるのだろう。甘々で砂かけ婆に会ったわけでもないのに、砂を吐きそうな気分になっていく。


「……いいなあ。いいなあ……俺もちゃんと恋人ほーしーいー!!」


 ないものねだりとはわかってはいるが、欲しいものは欲しい。


「えー? 合歓さん、モテそうな感じですけど?」
「この姿の時はなあ? えっと……美兎ちゃんって呼んでいい?」
「はい」
「妖言うか、ファンタジーとかで聞く『スケルトン』ってアンデットいるでしょ?」
「え……合歓さんがですか?」
「日本の妖にもいるんだー。俺はがしゃどくろって種族だけど」
「骨……だけ?」
「そーそー。だから、ほとんど人化してんの。けど、気ぃ緩むと本性に戻っちゃうから」
「……あー」
「でしょ!? だから、大抵ドン引きされて退散もされんの!」


 恋愛事以外で、種族を恨んだことはない。

 ないのだが、幾数十年恋人が出来ずじまいなのだ。同種は同種でさっさとくっついて家庭を持っているので、実質売れ残り。

 散々な、合歓であった。