美兎(みう)は今、楽庵(らくあん)に居た。


「へー? 花菜(はなな)ちゃんが楽養(らくよう)で働くきっかけが」


 今日も今日とて、恋人の営む小料理屋に足を運んでいたのだ。お土産を配り終えてから、座敷童子の真穂(まほ)とゆったりと酒や料理を楽しむ。

 その時に、火坑(かきょう)が雪女の花菜が楽養で働くきっかけの日を話してくれたのだ。


「ええ。大人しそうなお嬢さんが、勇気を出して師匠にお願いされてましたからね?」
「あいつ、土壇場の行動力は高いもんね?」


 盧翔(ろしょう)の事もだけど。

 と、真穂がぼやくのに美兎達は苦笑いするしか出来なかった。


「まあまあ。今はちゃんと付き合えるようになったんだから、いいんじゃない?」
「みーう? 脅されかけたのに、よくそんな暢気に言えるわね?」
「うーん? とりあえず、勘違いだってすぐにわかったし?」
「懐広いわね?」
「そうかな?」
「ええ。美兎さんはお優しいですから」


 そう言われてしまうと、くすぐったい気持ちにもなるが嬉しくなってしまう。

 四月になり、少し温かくなってきたので、美兎は梅酒のロックをちびりちびりと飲んでいた。


「で? 道真(みちざね)に縁結びの儀式してもらったんだから? 何年先に結婚すんの?」
「ぶ!?」
「ふふ、どうでしょうね?」


 妖と本当の意味で結ばれれば、人間の美兎は寿命や外見が歳を取らなくなる。

 真穂も、海峰斗(みほと)といつかは結婚すると約束しているのに、そこはどうするのだろうか。

 少し梅酒をむせてしまったが、美兎はそんなことを考えていた。


「真穂は真穂で、みほとの事はちゃんと考えてるって言ったでしょ?」


 美兎の表情で読んだのか、得意げに言うのだったが。


「ふふ。さて、次のお料理はどうしましょうか?」


 話に夢中になっていたので、真穂もだが美兎もあまり料理は口にしていない。

 何にしよう、スッポンにしようか。他にしようか。

 真穂と話し合いながら、いつものように心の欠片を火坑に差し出して。

 京都でも食べた、アボカドの器で出来たグラタンを食べることになったのだ。


「アボカドでグラタンねぇ?」
「美味しかったよ?」
「美兎は火坑の作るもんならなんでも美味しいって言うでしょ?」
「う」
「ふふ。少し趣向を変えますので、お待ちください」


 そして、少し待っている間に出来たアボカドのグラタンは。

 朔斗(さくと)が作ってくれたのは、ホワイトソースでのグラタンだったが。

 火坑が作ってくれたのは、全体的に薄茶色の仕上がりになっていた。


「何入れたの?」
「お味噌です」
「味噌、ですか?」
「合わせ味噌に、少々マヨネーズを加えたものです。甘辛くて美味しいですよ? 実は先日試作してみたんです」


 火坑がそう言うのなら、絶対美味しいに決まってる。

 美兎は手を合わせてから、添えられた漆塗りのスプーンを手に取り。

 パン粉も少しかかっているのか、サクッとした感触が伝わってきて期待が高まっていく。少し湯気が出たので、軽く息を吹きかけたら。

 味噌とマヨネーズがアボカドに調和していて、蕩けた食感が堪らなかった。


「おい」
「し!」


 大振りのアボカドを取り出したので、半分でもとても食べ応えがあった。

 夢中で、グラタンと梅酒を交互に口にすれば。幸せの循環が訪れたのだった。


「ふふ。お粗末さまです」


 そんな美兎達を、相変わらず火坑は涼しい笑顔で見守ってくれていた。