妖にも学校と言うのがある。

 と言っても、ずっとずっと昔は寺子屋の延長のようでしかなかったが。ごく最近は人間達を真似て、義務教育や専門学校のような学び舎が出来るようになってきた。

 花菜(はなな)もそこに飛び込んだ一員であった。

 義務教育はそつなくこなして、ただ進学なのか就職組にしようかが迷っていて。

 だけど、簡単に決めていいことではないと思ったから。その頃は、学校が終われば界隈の街に出歩いていた。

 手に職を持ちたいとは思っていたが、人間に混じるだなんてビビりの花菜には到底無理で。だけど、界隈ならとてくてく歩いていた。

 どんな根拠だと思われるかもしれないが、とにかくあちこち覗いてみた。飲食店、ブティック、雑貨などなど。

 色々見て回ったが、これといった店や職種を見てもピンと来なかった。


「……はぁ。どうしよう」


 学校から、ギリギリまで進路調査は待ってあげるからと言われているが。ずるずると大学に行く気もない。

 もともと、職人気質が多い花菜の一族だから、手に職を持ちたいのは至極同然だった。とは言え、実家は兄達が継ぐので家督については問題ない。

 ので、末っ子の花菜は就職でも進学でも、はたまた結婚でもなんでもいいのだ。だが、最後は恋愛に人一倍臆病な花菜には到底無理だった。


「……なんか、仕事をしたいのはわかってるんだけど」


 昭和に入って十数年の界隈は、人間界の方だと戦争が終わったどうたらこうたらと生き難いそうなので。いつも、騒がしくていた。

 賑やかが嫌いではないが、どちらかと言えば落ち着いている方が好きだ。

 界隈でそんなお店があるかわからないのに、とぼーっとしながら歩いていたら。誰かと肩がぶつかってしまった。


「! ご、ごめんなさ!?」
「いえいえ。こちらこそ」


 ぶつかってしまった相手は、顔は白猫。

 体は見える手足が猫の体毛と同じでも、指先は人間と同じ。

 ぶつかったのは花菜なのに、本当に気にしていないのかにこにこと微笑んでくれたのだった。

 もう一度謝ると、花菜の方から腹の虫が鳴く音が聞こえてしまった。


「!? すみませ……!?」
「おや、お嬢さん。お腹が空いているんですか?」
「……はい」


 今日は学校が休みだったので、進路を決めるべく朝からずっと街を歩いていた。名古屋の中心地からどれだけ歩いたかはわからないが、ずっと何も食べていなかった。

 正直に話すと、猫人はぽんと手を叩いた。


「僕が勤めているお店に来ませんか?」
「! お店……ですか?」
「ええ。お昼時はあまり混み合いませんので、お嬢さんもゆっくり出来ると思います」


 さあ、と言うので。

 普段ならビビりで断る花菜なのに、彼の言うことにはすぐに頷けた。よっぽど、お腹が空いていたからかもしれないが。

 彼に付いて行きながら、(にしき)の裏路地を歩いていると。

 ぼんぼりが可愛らしい、小さな看板がある店に案内された。

 店の名前なのか、『楽養(らくよう)』と書かれていた。


「ここ、ですか……?」
「ええ。若いお嬢さんには古めかしい店かもしれないですが、味は保証しますよ? 僕は、火坑(かきょう)と言います」
「あ、雪女の、花菜です……!」
「可愛いらしいお名前ですね? さあ、どうぞ」


 他の店員も彼のような優しい猫人かと思って、期待して暖簾をくぐったが。

 くぐった先には、黒豹と大きな狼の店員がいたので、思わず失神しかけたのだった。