ピザとグラタン。

 女子なら当然迷ってしまうだろう。

 美兎(みう)は少し気恥ずかしく思いながらも、料理が出来るまで火坑(かきょう)と待っていた。

 人間界の店なのに、他に客がいないのは不思議だったが。少し入り組んだ道の先にあるので迷っているか。もしくは、一つ目小僧兄弟の術か何かで引き寄せないようにしているのか。

 だとしたら、随分と贅沢な時間だ。


「えーと、美兎はん?」


 蕎麦茶を飲みながら、ぽーっとしていたら兄店主の朔斗(さくと)に呼ばれたのだった。


「あ、はい!」
「いや〜、火坑はんが随分とかいらしい嬢ちゃん連れて来るって、びっくりもんやで? こっちまで噂で聞くくらいやしなあ?」
「噂……さっきも言ってましたよね?」
「おん。元獄卒……いや、補佐官やった猫人に。かいらしい嬢ちゃんが伴侶になったとか。ま、伴侶は尾びれついたようやけど」
「美兎さんには、まだまだこちら側に引き込むわけにはいきませんから」
「せやなあ? まだまだ若いし、人間界の生活を謳歌したいやろうね?」
「……はい」


 新人のタグは外れても、まだまだ社会人としては新米だ。

 仕事も楽しいし、火坑と本当の意味で結ばれたら。美兎は人間ではなくなってしまう。

 今も半分くらいは人間ではないが、妖が視えたり、簡単な術が使える程度。

 火坑の気遣いも嬉しいが、まだ人間ではいたいのだ。


「……先にピザが出来ました」


 話込んでいたら、弟店主の弥勒(みろく)がピザを持って来てくれた。

 ピザとは聞いたが、普通のピザではなくて。

 生地が、油揚げだった。


「わあ!」
「油揚げでピザですか?」
「意外と人気やで? 人間の料理人達でもちょいちょい作るんや」
「味付けは……味噌とマヨネーズです」
「いただきましょう、美兎さん」
「はい!」


 箸で持てるように綺麗に切り分けられた油揚げピザを。

 アボカドが落ちないように持ち上げて、ひと口。

 少し火が通ったことで、ほくほくのアボカドに味噌マヨとチーズのコク。

 さらに、土台になっている油揚げのサクサク感が、歯を楽しませてくれる。

 普通のピザのようにモチモチ感と食べ応えはないが、これはこれで小腹を満たすには十分だった。


「いいお味ですね? アボカドの火加減は好みが分かれますが、これは美味しい!」
「時々来る人間のお嬢さん方にも、具材を変えて提供してるんや」
「低糖質で高タンパク……油抜きも多少して、います」
「全部手製とまではいかないけど、知恩院(ちおんいん)さん下ったとこの豆腐屋から仕入れてるんや」


 こだわりがすごいのだろう。

 感心していたら、 朔斗が話しながら作っていたグラタンの方を持ってきてくれた。

 アボカドを半玉丸ごと使ったグラタンは、見た目でも十分楽しませてくれる。少し先がとがったスプーンを二人分用意してもらい、美兎からすくい上げれば。


「あ、ジャガイモも……マヨネーズ……?」
「ちゃうで? 俺手製のホワイトソースや」
「すごいです!」


 ひと口頬張れば、たしかにホワイトソース。なめらかで、アボカドのコクと喧嘩していない。

 とても優しい味わいだった。

 ごろっとした具材は、ジャガイモの他にサーモンが入っていた。燻製したものを使っているのかと、独特の塩気とスモーキーがまたなんとも言い難かった。


「……心の欠片をいただいたので、こちらよかったら」


 と、弥勒が出してくれたのは、炊き込みご飯だった。

 きのこ類がなくてほっとしたが、いただいたそれは魚の炊き込みご飯。味付けは上品より濃いめだったが、なんの魚かは分からなかった。


「鯛ですか? わざわざいいんですか、弥勒さん?」
「……至高の心の欠片をいただいたんだ。これくらい」
「せやな? この種だけでも相当な吉夢がある。これ一個でうちの店ひと月分の儲けや」
「そ、そんなに!?」


 だから、火坑も懐が潤っているのだろうか。

 とりあえず、美味しいランチをいただいてからレンタル着物屋さんに向かい。

 着替えてから、今度は京都の(にしき)に出向くことになった。