人混みが凄い。

 火坑(かきょう)の手をしっかり繋いでいないと、はぐれてしまうかもしれないくらいに。

 火坑も気をつけてくれているので、美兎(みう)も気をつけた。


「すごい人混みですね?」
「ええ。……ああ、結婚式もあるからですねえ?」
「え?」


 美兎の背丈だと見えないが、そこそこ背の高い火坑には前が見えているのだろう。

 ゆっくり進んでいくと、たしかに白無垢の姿が見えた。

 綺麗に着付けられ、化粧も美しく施された花嫁は、ひときわ輝いている気がした。

 何せ、一世一代の大切な日だから。


「……美兎さんは白無垢とドレスだとどちらがいいですか?」
「へ?」


 夢中になって眺めていたら、火坑が突然話しかけてきた。

 いきなりのことに驚いたが、火坑は涼しい笑顔のままだった。


「美兎さんでしたら、どちらもきっとお似合いでしょうけれど」
「い、いえ、その……」


 まだ当分先とは言え、火坑とはある意味結婚の約束をしているのだ。聞かれても、なんら不思議ではない。ないのだが、やはり気恥ずかしさはどうしても出てしまう。


「ふふ。まだ先ですからね?」
「そうだとも。響也(きょうや)、年頃のお嬢さんをあまり困らせてはいけないよ?」
「!?」
「おや」


 いつからいたのか、この神宮の祭神である道真(みちざね)本人がいたのだ。火坑と似たような黒をメインにした着物を着ていて、髪型などもスーツ姿の時と変わらず。

 ただ、どう呼べばいいのか、美兎にはわからなかった。


「ふふ。……この姿の時は、『(まこと)』と呼んで欲しいな?」
「! は、はい!」
「ふふ、そうさせていただきます」
「こ、こんにちは!」


 挨拶を忘れていたので、慌ててお辞儀すると道真にぽんぽんと頭を撫でられた。


「やあ、こんにちは。今日はいつも以上に愛らしい装いだね?」
「あ、ありがとうございます!」
「美兎さんが愛らしいのは本当ですから」
「も、もう、響也さん!」


 恥ずかしくなって俯くと、また道真に頭を撫でられた。


「さてさて、(やしろ)で神主から施されるのもいいが。約束は約束だからね? 私が直接、君達の(えにし)を……強めてあげよう」


 道真が持っていた扇子を広げた途端、空気が張り詰めたような気がした。

 辺りの人混みとかの喧騒も遠ざかり、音という音が聞こえなくなっていくような。気がつくと、人混みどころか、天満宮にいるのは。

 美兎、火坑、道真だけだった。


「え、え!? これは……?」


 もう何度か見ても、他には誰もいなかったのだ。

 二人を見ても、にこにこ笑ってるだけで。


「私の結界の中に、君達二人を招待したのさ。さすがに人前で術を見せるわけにはいかないからね?」


 そして、パチンと、扇子を閉じていくと。

 道真は最初に出会った時のような、平安貴族そのものの服装に変身、いや戻ったのだった。