今日あった出来事を、赤鬼の隆輝(りゅうき)に話したら。

 当然のように声を上げてバカ笑いされてしまった。


「そりゃ、(かおる)君が悪いよ?」
「せやけど、隆やん? あの大将はんがやで?」
湖沼(こぬま)さんには、火坑(かきょう)君はベタ惚れだからね?」


 今、隆輝の自宅にいる。界隈ではなく、人間界の。

 人間と共に仕事をしているので、付き合い云々。緊急連絡先などと色々手続きがあるのだ。面倒だが、わざわざ専門学校まで行った彼の努力を、馨は否定しないし、むしろ感心している。

 それはいいのだが、あの大将とも友人でいるこの鬼もまた、人間の女と交際しているのだ。


「隆やんもやし、なんなん? 人間の女がそんなにええのん?」
「馨君も、いつか出来たら分かると思うよ?」
「……おん。その笑顔で言われると納得してまうわ」


 蕩けそうな笑顔。

 本当に、相手を想っているからこそ、出来るものだ。

 一反木綿(いったんもめん)として生を受けた馨だが、戦前に戦後の人間の生き方を厭うわけではない。

 だが、短い命で、とてもか弱い。

 それを同胞として引き込むのも、どうしたものか。

 とは言え、あの猫人の関係者はほとんどそんな感じだ。


「人間でも妖でも。大好きだと思う人が出来て、そんな相手に尽くしたいと思えるんだ。そんな瞬間が最高で仕方ないんだよー?」
「……最高にねぇ?」


 今日会った、火坑やのっぺらぼうの芙美(ふみ)もだが。

 それほど、人間相手にそこまで惚れるのが。やはり、馨にはいまいちわかっていなかった。

 けれど、聞いた話ではぬらりひょんの総大将の身内もだとか。

 惚れに惚れ抜いて、同胞に(いざな)うのは。

 どれだけ、惚れたらわかるのだろうか。少なくとも、わずかに興味を持った程度の今ではわからないだろう。


「と・り・あ・え・ず。真穂(まほ)様を二度も怒らせる事態にならなくて、よかったんじゃない?」
「それはほんま勘弁!! まさか、あの嬢ちゃんの守護に憑くとは思わんやろ!?」
「まあ、妖力は巧妙に隠しているからねえ?」
「あの嬢ちゃんの霊力は桁違いやったけど」


 芙美の言ってたように、(さとり)御大(おんたい)の子孫。

 見目はなかなか可愛らしいが、それだけで火坑が見初めたわけではないだろう。猫人だと、これまた言い寄られることもあるらしい彼が、唯一心を許した相手。

 それを機に、彼の店である楽庵(らくあん)では様々な(えにし)によって結ばれている人間と妖のカップルが多い。

 それくらいは芙美のせいで噂にもなっているし、記事にもしたいところだが。絶対出禁にされるので却下だ。

 彼の師匠である黒豹の霊夢(れむ)の料理も実に美味いが、なんというか、火坑の方がほっと出来るのだ。仕事上がりに一杯ひっかけるくらいに、ちょうどいい店。

 そんな安寧の居場所を失いたくないのだ。


「まあ、仮に。俺とケイちゃんを記事にしたら俺でも怒るよ?」
「……肝に銘じておくわ」


 いつか、出会える相手。

 それに少し期待を抱きながらも、馨は界隈に戻るのに隆輝の家を後にしたのだった。