ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。









 どうすべきか。

 いや、どうしようもない。

 同期の田城(たしろ)真衣(まい)が、昼休み少々膨れっ面になっているのだ。

 美兎(みう)はどうしたものか、とオロオロするしか出来なかったが。同席していた先輩の沓木(くつき)桂那(けいな)は呆れたようにため息を吐いていた。


「子供じゃないんだから……」
「……だって、先輩達」
「だって?」
「私が不動(ふどう)さんのことで真剣に考えてたのに!! 同じような境遇で彼氏さんがいただなんて知らなかったんすよ!!」


 そう、田城がむくれているのは。

 風吹(ふぶき)が妖だと判明して、それでも付き合うことには異論はなかった。

 だが、世間体を省みるとどうすればいいのか散々悩んでいたのに。今日、美兎と沓木に話したら、二人もと分かると今のように膨れっ面になったのだ。


「まあ、普通に言えるわけないじゃない?」
「……ですよね?」


 ちなみに今は、屋上の休憩室ではなく。ランチで外に出て個室を借りているのである。


「〜〜……そうかも。そうかもしんないすけど!? 世間狭!!」


 とりあえず納得はしたのか、テーブルの上に突っ伏したのだった。


「まあ、偶然も偶然よねえ? 普段一緒に働いてる面子が、揃いも揃って妖怪とお付き合いしてるだなんて」
「むぅ〜〜。あのイケメンさんが、妖怪? 言われちゃうと納得しますけどぉー?」
「ちなみに鬼よ?」
「先輩食べられちゃうんすか?」
「まだよ、まーだ」
「えー?」


 風吹は彼女に、性行為をすると人間としての体の作りまで変わってしまうのを伝えたのだろうか。

 風吹のことだから、きっと伝えたはずだが。


湖沼(こぬま)ちゃんの方は色々特殊よねえ? 猫と人間のミックスみたいな見た目で、前は地獄の補佐官だっけ?」
「あ、はい。合ってます」
「え? 不動さんと同じ?」
「ううん。妖怪の種類には当てはまらない妖怪かな?」
「なにそれ、面白! ちゃんと会ってみたい!」
「お、驚かないでね?」
「うーん。頑張る」


 とりあえず、と田城は手を叩いた。


「?」
「どしたの?」
「美兎っちの彼氏さんのお店行きたい!」
「え……い、いけど」
「? なんか問題ある?」
相楽(さがら)さんのところとは違って、妖怪がたくさんいる場所にあるんだよ? 真衣ちゃん視える人じゃないでしょ?」
「あ、そっか。……ん?」
「ん?」


 何か思い出したのか、田城は首を捻った。


「今度は何?」
「いえ!……実は、不動さんとキスしちゃったんですけどぉ」
「けど?」
「翌日から、寒気とか薄っぺらい幽霊みたいなのが視えてきたんすよ」
「あら、じゃあ」
「多分、大丈夫っす」


 つまりは、風吹の妖力をもらったことで。いわゆる見鬼(けんき)の力を得たのかもしれない。もしくは、元々素質があったかもしれないが。


「んー、じゃあ。今晩あたり行ってみる? 残業するくらい溜め込んでいないでしょう?」
「うぃっす!」
「はい!」


 いわゆる女子会となったので。少し、楽しみだった。