「……あなた、が座敷童子?」


 美兎(みう)楽庵(らくあん)に来るようになってまだ数ヶ月程度だが。子供は晴れ男らしい灯矢(とうや)しか見たことがない。

 しかし、この少女の見た目をしている妖は、実は子供ではないかもしれない。今も店主の火坑(かきょう)に出された、先付けの梅ときゅうりのたたき和えを食べながら、すぐに温燗を頼んだのだから。


「……うん。真穂(まほ)は座敷童子。家を行き来する妖なの。お姉ちゃん、ヒトなのに珍しいね? 真穂の幸運いらないだなんて」


 そして、飲みっぷりがまだ日本酒に慣れていない美兎よりも板についている。これのどこが子供に見えるのだろうか。


「ふふ。やはり、真穂さんでしたか? ヒトがお好きなあなたでしたら、湖沼(こぬま)さんにご興味を抱きますからね?」
「……お腹空いてたのはたまたまだったけど。真穂に美味しいお菓子くれたんだもん。御返ししただけ」
「お、おかえし?」
「あのお菓子は、心の欠片に匹敵するくらいのものだったの。だから、もらい過ぎはいけないから。真穂の幸運をあげたの」


 以前に、夢喰いの宝来(ほうらい)にも言われたことがある。

 お礼のお礼と言えど、もらい過ぎも与え過ぎもいけない。平等に、均等に、わけて与えなくてはいけない。

 特に、ヒトと違い妖はそこに機敏でいるらしい。だから、火坑にも心の欠片以外の代金を求められていないのだが。


「……そんなにも、美味しかった?」


 美兎がゆっくりと質問すれば、温燗を煽った真穂と言う座敷童子は子供らしい笑顔になったのだった。


「すっごく、すっごく美味しかったよ!? たしか洋菓子のマドレーヌだったっけ? けど、表面にザラメがかかってて、甘くてすっごく美味しかった!」
「そ、そう? 丸善の洋菓子屋さんで火坑さん達へのお土産に買ったあまりだったけど」
「あ、丸善? 今は色々あるもんねー? 真穂もビル内に住んでた時は、視えるヒト達にお願いして色々食べさせてもらったなぁー?」
「え、ビルとかにも住むの?」
「うん。今はおっきなデパートとかになってるの。一回は、真穂や他の座敷童子が住んでたよ?」


 じゃあ、まさか美兎の会社にも来てるんじゃ、と思わずにいられない。

 そんなことを考えていたら、また真穂が小さく笑い出した。


吉夢(きちむ)の吉夢を生み出すお姉ちゃん? 真穂の幸運をいらないだなんて、普通のヒトだとあり得ないわ。幸運だと、大抵の人間は喜ぶのに」
「い、いや……いらないと言うか、仕事がなくなるのは嫌だなあって?」


 正直に話すと、真穂はまたひと口温燗を飲んでから、首を傾げた。


「ヒトって、お仕事嫌じゃないの?」
「嫌……と言うか。あり過ぎるのが嫌なだけで、仕事自体は嫌いじゃないよ?」
「ふふ。ここに来たばかりの湖沼さんは、色々悩まれていらっしゃいましたが」
「も、もう、火坑さん!?」
「すみません。……はい、本日のオススメ鱧の刺身です」
「はも?」
「あら、落としじゃなくて刺身?」
「先付けに梅を使ったので」


 それと、旬の盛りを過ぎた終い鱧と言うらしい。今日は柳葉市場で安く売っていたので仕入れたのだそうだ。

 ひと口ポン酢醤油で食べると、少しコリコリした食感が楽しい味わいだった。


「美味しいです! 鱧ってあんまり馴染みがないイメージだったので」
「うなぎなどの仲間ですしね? 骨切りをしっかりすれば、色々お料理出来ますよ?」
「あ、ねーねー大将さん。お姉ちゃんにもっと美味しい食べ方教えようよ?」
「もっと……? ああ、南蛮漬けですね?」
「え! これ南蛮漬けにも出来ちゃうんですか?!」
「はい。では先に、お二人から心の欠片を頂戴しますね?」
「うん!」
「あ、はい!」


 人間だけから心の欠片を取り出せると思っていたが、そうではないらしく。真穂からは玉ねぎ、美兎からは唐辛子を取り出した火坑は張り切って作業着の袖をまくった。 

 その何気ない仕草だけでも、美兎の心をときめかせて忙しなかった。

 身と骨に粉をまぶして、骨を先にあとで身をよく揚げて。

 身は軽く火を通す程度で上げて、骨はしっかりとキツネ色に。油切りをしたら、千切りした野菜と一緒につけ汁の中に入れて仕上げに唐辛子の輪切りを。

 そして、冷蔵庫で休ませている間に、美兎の好物であるスッポンのスープを出してくれた。

 が、真穂には胆汁の水割りを出していたのだった。


「そ、それ猛烈に苦いんじゃ!?」
「慣れれば美味しいよー? お姉ちゃんには生き血のポートワインがいいんじゃなーい?」
「い、いや、あれは」


 味はいいが、生き血を飲むのにはまだまだ抵抗があるので無理だった。真穂に正直に話すと彼女は子供の外見に似合わない妖艶な笑みを見せてきた。


「うぶなように見えて(したた)か。真穂が認めるヒトの子として、相応しいわ。お姉ちゃんは……美兎は、これからもっともっと上に行くわ。望むなら、ヒトの役職なんかも」
「え、え、え? い、いいよ」
「……いらないの?」


 真穂の表情が、今度は子供らしくきょとんとしてしまったので、美兎はうんと頷いた。


「私。まだまだ新入社員だけど、ずっと現場で働きたいの。いろんな人達にいろんな広告を届けたい……。だから、真穂ちゃんの幸運も嬉しくないわけじゃないけど。自分で掴み取りたいの」


 正直に言うと、真穂は目をまん丸としたがすぐに胆汁の水割りを煽って、ふふふと笑い出した。


「欲のあるようでない、稀なるヒトの子よ。ならば我の望みを聞いてくだしゃんせ?」
「……望み?」


 なんだろう、と首を傾げたら、何故か火坑がいつもの梅酒のロックを美兎と真穂に差し出してきた。


「今宵、我の友として飲むこと」
「……それなら」


 妖は恩人がほとんどだったので、友人と言う括りはいなかったが。

 断る理由もないので、美兎は真帆と一緒に飲むことになったのだった。明日は休日だし、無理のない範囲で火坑の料理もつまみつつ。

 今宵も楽しいひと時を。