まさか、本当に会えるとは思わず。

 辰也(たつや)は、商談の時以上に緊張しまくっていた。

 昼休みの時に、偶然出会った女性。しかも、妖で同期の不動(ふどう)が言うには、おそらくのっぺらぼう。

 けれど、今は人間と同じように変身しているので。可愛らしい女性の顔がちゃんとある。

 大将である猫人の火坑(かきょう)から、せっかくだから座敷席でゆっくり語らうといい、と。カウンター以外でたった一つしかない座敷席に通された。

 二、三畳程度しかない本当に小さな小さな座敷。

 けれど、掘り炬燵で暖を取るにはちょうどいい。ただ、ただでさえ狭いので足を入れた掘り炬燵では彼女の足先が当たってしまう。

 いい歳なのに、まるで学生のような青二才だ。

 顔と妖である正体以外、この彼女のことは何も知らないでいるのに。


「あ、あの……」


 どう声をかけていいか悩んでいたら、彼女の方が口を開けてくれた。


「お、お気づきでしょうが。私、妖です。のっぺらぼうの芙美(ふみ)と言いますー」
「! どーも。美作(みまさか)辰也です」


 何度聞いても今の顔もだが、可愛らしい声だ。

 少し間延びした口調も、随分と可愛らしい。辰也の惚れた欲目からかもしれないが。


「昼間は……急にぶつかってすみませんでしたー。痛くなかったですかー?」
「いえ、全然。芙美さんこそ、大丈夫でした?」
「! 大丈夫ですー! こう見えて結構丈夫なので!」


 ふん、っと意気込む様子まで可愛らしいとは。

 まだ二度目なのに、随分と自分は単純な人間だったようだ。まさか、種族が違う存在に惚れてしまうとは。

 とここで、火坑が何か料理を持ってきてくれた。


「今日は芙美さんがいらっしゃったので、チョコレートを使った料理にしてみました」
「わー!?」
「え、いきなりデザートですか?」
「いえいえ、料理ですよ?」


 と、お盆の上に載っていたのは、たしかに料理。しかも、韓国料理のプルコギに見えた。


「プルコギ……ですか?」
「正解です。少し甘いですが美味しいですよ?」
「大将さんのは絶対美味しいです!」
「ふふ。宗睦(むねちか)さんのようにカクテルは作れませんので申し訳ないですが」
「十分です!」


 酒は熱燗でも合うらしく、芙美と一緒に乾杯してからひと口。まだまだ冷え込む時期なので、体が温まってきた。


「……うーん」


 しかし、飲み物やデザート以外でチョコレート。

 辰也は初体験なので、いくら火坑の料理でも抵抗感はあった。

 が、芙美の方は遠慮せずにぱくぱくと食べていた。


「おいひ〜! ちょっと甘くて。けど、豆板醤とかの辛味もあって! ぱくぱくぱくぱくいけちゃう〜〜!!」
「……じゃあ」


 先入観だけで決めつけてはいけない、と思い。箸を伸ばしてみる。

 見た目だけなら、オイスターソースとか醤油を使ったような色合い。

 芙美が美味しそうに食べているのだから、と辰也も口に入れたら。思いの外、チョコの風味が気にならず。以前どこかの店で食べたような韓国料理のプルコギと変わらない。

 いや、むしろこの方が美味しかった。


「美味しいですよね〜?」


 辰也がどんどん箸を進めていたら、芙美がふふっと笑ってくれたのだ。


「意外ですね?」
「チョコって偉大ですよ〜! そのままでも良し、ドリンクにしても良し! 溶かして他の食材にかけても、こうしてお料理にも出来るんですから〜」
「……チョコが好きなんですね?」
「もう、超超超好きです〜!」


 そう言えば、昼間にぶつかった時に大量の荷物を手にぶら下げていたが。あれは全部チョコだったのかもしれない。

 今日は、バレンタインだから。

 しかし、相変わらずなんでも作れる火坑を凄いと思った。


「あの……芙美さん」
「はい〜?」


 そして、そのバレンタインだからこそ。辰也はこのチャンスを逃すつもりはなかった。


「LIMEしてます?」
「してますよ〜?」
「……その。せっかくの縁ですし、友達になりませんか?」
「! はい!」


 やった、と思ったら表側の方で雪崩が起きたような音がして。

 慌てて見に行くと、かまいたちの奈雲(なくも)達がひっくり返っていたのだった。