誘ってしまった。
それは悪いことではない。
風吹は、人化して早数年。火車と言う妖なのに、訳あって人間の屍肉を食べられなくなった。
その理由で、ほとんどの同類にも疎遠にさせられたりだったので。人化して、人の中に紛れ込もうと決めたのだ。
屍肉を貪っていたのに、生きた血肉の匂いは風吹の鼻には毒で。だから、ぎらついた目を見られないように前髪を伸ばしたりと色々したのだが。美醜が際立っているせいで、ちやほやしてくる人間の女は嫌だった。
なのに、今目の前にいる田城真衣と言う女性は。
明るくて、笑顔はまるでひまわりのようで。
風吹、いや、人間の不動侑の拙い話にも喜んで聞いてくれるのだ。
「へー? 不動さんって、一宮なんですね? 私は植田なんです!」
「じゃあ……この辺には来やすいですね?」
「乗り換え一回と二回か悩むんですよね〜?」
植田、天白区。
比較的近いところだ。風吹の住居は一宮の界隈ではあるが、本性に戻れば飛んで行けるくらいの距離だ。そんな失礼なことは出来ないが。
「あ、ここ……です」
田城との会話が弾んで、目的地を過ぎるところだった。黒い漆塗りの木材が特徴の、威圧感漂う佇まい。
田城は、『おお』とでも言いたげに口を少し開けていた。
「和食……ですか?」
「ここの天丼は絶品なんです」
「おお、天丼! 最近食べてなかったから!」
「見た目より、結構安いんです。行きましょう」
「はーい」
少しだが、打ち解けてきたせいか。田城の言葉遣いもフランクになってきた。
見た目以上に、ライトな性格なのだろうか。
もっと知りたい。その気持ちが強くなり、掘り炬燵のテーブル席に座ってから改めて彼女を見た。
小綺麗に整えられた身なりは、私服ではあっても印象がいい。やはり、社会人になったからか、大学生とは少し違う感じだ。
風吹を助けてくれた時もそうだったが、若いのにしっかりしている。彼女の同期で、妖と交際している湖沼美兎と比較したら派手さはあるが、いやらしさはない。
今も、店内をキョロキョロ見て回る様子は愛らしかった。
「えと……ここ。天丼が多いんですけど。他の和食もありますから」
「うーん。せっかく不動さんの奢りなら、おすすめの天丼がいいです!」
「き、嫌いな食べ物……とかは?」
「これと言って全然。美兎っち……あ、湖沼ちゃんはキノコとこんにゃくがアウトですけど」
「……わかりました。すみませーん」
同期をあだ名で呼ぶことは珍しくないが、ずいぶんとフランクな感じだ。
それが、普段の田城かもしれない。風吹も妖の一部には呼ばれたりもしたが、それは本当にごく一部。
呼んで欲しいな、と思うのは傲慢だが。
「来週会えるって、湖沼ちゃんには聞いたのに。今日会えて嬉しいです」
注文を頼んだ後に、いきなり田城が爆弾を投下したような発言をしたのだった。
「俺と……ですか?」
「はい。あの時は具合悪くて、ほとんどお話出来なかったし。湖沼ちゃんの知り合いさんの知り合いさんって聞いた時は、驚いたけど嬉しかったんです。ちゃんと、不動さんと話したいな……って」
ああ、ああ。
こんな嬉しいことがあっていいのだろうか。
恋愛事情に疎い風吹でも、彼女の思っていることに。
自惚れていいのかと、顔に熱が上がってきて。思わず口を手で隠した。
「……俺も」
「え?」
「…………俺も。助けてもらったことへのお礼だけじゃなくて。田城さんと話したいって思ってました」
言い切った時に、田城の顔を見れば。
今まで以上に、花のような笑顔を向けてくれたのだった。
それは悪いことではない。
風吹は、人化して早数年。火車と言う妖なのに、訳あって人間の屍肉を食べられなくなった。
その理由で、ほとんどの同類にも疎遠にさせられたりだったので。人化して、人の中に紛れ込もうと決めたのだ。
屍肉を貪っていたのに、生きた血肉の匂いは風吹の鼻には毒で。だから、ぎらついた目を見られないように前髪を伸ばしたりと色々したのだが。美醜が際立っているせいで、ちやほやしてくる人間の女は嫌だった。
なのに、今目の前にいる田城真衣と言う女性は。
明るくて、笑顔はまるでひまわりのようで。
風吹、いや、人間の不動侑の拙い話にも喜んで聞いてくれるのだ。
「へー? 不動さんって、一宮なんですね? 私は植田なんです!」
「じゃあ……この辺には来やすいですね?」
「乗り換え一回と二回か悩むんですよね〜?」
植田、天白区。
比較的近いところだ。風吹の住居は一宮の界隈ではあるが、本性に戻れば飛んで行けるくらいの距離だ。そんな失礼なことは出来ないが。
「あ、ここ……です」
田城との会話が弾んで、目的地を過ぎるところだった。黒い漆塗りの木材が特徴の、威圧感漂う佇まい。
田城は、『おお』とでも言いたげに口を少し開けていた。
「和食……ですか?」
「ここの天丼は絶品なんです」
「おお、天丼! 最近食べてなかったから!」
「見た目より、結構安いんです。行きましょう」
「はーい」
少しだが、打ち解けてきたせいか。田城の言葉遣いもフランクになってきた。
見た目以上に、ライトな性格なのだろうか。
もっと知りたい。その気持ちが強くなり、掘り炬燵のテーブル席に座ってから改めて彼女を見た。
小綺麗に整えられた身なりは、私服ではあっても印象がいい。やはり、社会人になったからか、大学生とは少し違う感じだ。
風吹を助けてくれた時もそうだったが、若いのにしっかりしている。彼女の同期で、妖と交際している湖沼美兎と比較したら派手さはあるが、いやらしさはない。
今も、店内をキョロキョロ見て回る様子は愛らしかった。
「えと……ここ。天丼が多いんですけど。他の和食もありますから」
「うーん。せっかく不動さんの奢りなら、おすすめの天丼がいいです!」
「き、嫌いな食べ物……とかは?」
「これと言って全然。美兎っち……あ、湖沼ちゃんはキノコとこんにゃくがアウトですけど」
「……わかりました。すみませーん」
同期をあだ名で呼ぶことは珍しくないが、ずいぶんとフランクな感じだ。
それが、普段の田城かもしれない。風吹も妖の一部には呼ばれたりもしたが、それは本当にごく一部。
呼んで欲しいな、と思うのは傲慢だが。
「来週会えるって、湖沼ちゃんには聞いたのに。今日会えて嬉しいです」
注文を頼んだ後に、いきなり田城が爆弾を投下したような発言をしたのだった。
「俺と……ですか?」
「はい。あの時は具合悪くて、ほとんどお話出来なかったし。湖沼ちゃんの知り合いさんの知り合いさんって聞いた時は、驚いたけど嬉しかったんです。ちゃんと、不動さんと話したいな……って」
ああ、ああ。
こんな嬉しいことがあっていいのだろうか。
恋愛事情に疎い風吹でも、彼女の思っていることに。
自惚れていいのかと、顔に熱が上がってきて。思わず口を手で隠した。
「……俺も」
「え?」
「…………俺も。助けてもらったことへのお礼だけじゃなくて。田城さんと話したいって思ってました」
言い切った時に、田城の顔を見れば。
今まで以上に、花のような笑顔を向けてくれたのだった。