ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。









 色々あり過ぎた。

 節分を迎える直前に、デザイナー見習いの湖沼(こぬま)美兎(みう)は週末実家で起きた出来事で、頭の中がパンクになりかけていた。

 悪いことではない、いい事ばかりだ。

 なのだが、まさか兄の海峰斗(みほと)まで妖と交際することになるなど予想がつかず。

 美兎の守護についてくれている、座敷童子の真穂(まほ)とは幼少期だけの幼馴染みで。海峰斗が酔い潰れている時に、夢の中で再会を果たし。海峰斗は真穂の女子大生くらいの姿に一目惚れしてしまった。

 そして、美兎と火坑(かきょう)の真実も知ったが反対する意見はなく。逆に妹に真穂との仲を取り持って欲しいと土下座する始末。

 真穂は影から全て聞いていたので、海峰斗の気持ちも知った上で『飲み友達』から始めようと自身で告げたのに。

 だいたい二時間後に、『付き合うわよ!!』と湖沼の実家に戻ってきて、海峰斗とハグする結果に。何がなんだか美兎にもよくわからなかったが。

 とりあえず、節分の日に改めて挨拶に来ると、真穂は海峰斗と決めたらしく。

 二日後の今日になっても、美兎は会社の休憩室に行くまで頭がパンクだった。今日のお供はあったかいホットチョコレートだ。


「おや、湖沼さん」


 休憩室にいたのが。小柄の老人でも、実はサンタクロースである三田(みた)だったのだ。


「こ、こんにちは。三田さん」
「少しぶりですね? いやはや、僕もですがあなた達もお忙しかったですし」
「えっと……まだ、日本に?」
「ふふ。あちらに戻るのが少し億劫でして。とりあえず、座りませんか?」


 しばらく日本にいるとは言っていたが、サンタクロースがそれでいいのかと思うけれど。でも、美兎の何倍以上も生きているのだから、自分のペースがあるのかもしれない。

 人の事情にどうこう言うのは嫌いなので、美兎はそれ以上言わなかった。で、三田の隣の席に腰掛けた。

 ホットチョコレートをひと口飲めば、空調が効いた室内でも手足がじんじんと温かさが染み渡っていく。


「はあ。美味しい」
「悩み事ですか? 火坑さんと」
「あ、いえ。……真穂ちゃんと兄についてなんです」
「おや。真穂ちゃんがですか?」
「実は……」


 週末の出来事をかいつまんで話せば、三田は静かに笑いながら自分の紙コップの中身を煽った。


「ふふふ。あの真穂ちゃんがですか? 湖沼さんのご家族は、やはり妖に好かれやすいんですね? 空木(うつぎ)もさらに喜ぶでしょう」
「でしょうか? 自分もですけど、兄までとなると。両親にいずれ言うにしても、ちょっと複雑です」
「まあ。先祖はともかく、今の時代親と縁を切るのは難しいですからね? 僕の知人も今そんな感じですよ」
「? お知り合い、ですか?」
「はい。湖沼さんは『火車(かしゃ)』と言う妖はご存知でしょうか?」
「……お恥ずかしながら、全然」


 まだまだ勉強不足で、水藻(みずも)のような河童や盧翔(ろしょう)のろくろ首など。メジャーな妖怪とかしか知らないでいる。

 三田はそんな美兎にも軽蔑せずに、ゆっくりと答えてくれた。


「年老いた猫または猫又が、葬式や墓場から人肉を食べる。と言われている妖なんですよ。今の時代、火葬はほとんどなので、大抵あの世にいるんですが」
「猫?」


 まさか、と美兎が思ったことが顔に出ていたのか、三田はまた静かに微笑んだ。


「ああ。火坑さんは……補佐官になる前は地獄で似た仕事をしていたようです。ですが、火車君とは別の生き物ですよ」
「……そうですか」


 遠回しに言っているようにも聞こえたので、美兎はほっと出来た。


「でまあ、彼もどうやら人間に惚れてしまったらしいんです。しかも、この会社の人間だそうなので」
「え!? この会社?」
「はい。たしか、田城(たしろ)さんと言う女性で」


 湖沼さんの同期さんですよね、と聞かれたので。

 世間は狭過ぎだろうと、思わずホットチョコレートの紙コップを握りしめてしまいそうになった。