ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。









 いよいよ、週末本番。

 湖沼(こぬま)の実家に、火坑(香取響也)を連れて行く日になった。

 当日は火坑に鶴舞線の平針(ひらばり)駅にまでやって来てもらうだけ。時間になって迎えに行けば、改札口で彼は待っていた。

 香取(かとり)響也(きょうや)の姿をしていた彼は、手に大きな荷物を抱えている以外は初詣の日とそこまで変わらない。

 違うのは、フォーマルなスーツを着ていること。妖術なのか、自分で購入したのかはわからないがとてもよく似合っていた。


「響也さん!」
美兎(みう)さん、おはようございます」
「おはようございます!」


 まだまだ冬真っ盛りなので、コートとマフラーは必須だから火坑も着込んでいた。今度のバレンタインには間に合わないがマフラーでも編もうかと、美兎は密かに決意した。バレンタインのチョコはクリスマス同様に頑張るつもりでいる。

 と言うよりも、沓木(くつき)に誘われているのだ。で、せっかくだからと、真穂(まほ)花菜(はなな)も誘う予定でいる。田城(たしろ)については、事情を知られてはいけないのでお休み。

 とにかく、美兎の実家に行こうとしていたら、空いてる手を彼に握られたのだ。


「!」
「嫌……ですか?」
「! いいえ! 嬉しいです!」


 初デートも、初詣の時もそうだったが。店では客を気遣う彼なのに、美兎がいると積極的になっているのだ。ただの客と料理人の関係じゃなくて、彼氏彼女の関係だから嬉しくないわけがない。

 恋人繋ぎにしてから地上に上がると、何故ここに、と思う人物が待っていたのだ。


「おーい、美兎ー!」
「お兄ちゃん!?」
「おや、お兄さんですか?」


 どう言うわけか、バスターミナルの真ん中辺りで、兄の海峰斗(みほと)が待っていたのである。


「なんでこっちまで来てるの!?」
「いや。写真じゃ見たけど、先に知っておきたくて」
「知りたい??」
「僕のことをですか?」
「そーそー。香取さん……ですよね?」
「はい」


 いったいここで何を知りたいのだ、この兄は。

 まさか、二年前にあの元彼にこっぴどく振られた妹が、再び悪い男に捕まってしまっていないか気遣ってか。

 そんなわけないのに、あの説明だけでは内心納得してないかもしれない。

 二人が目を合わせると、どちらも動かなかった。


「ふーん? あいつ(・・・)とは違うな? いい目をしてるよ。うん、悪かったです。俺の心配し過ぎでした」
「……そうですか」


 火坑の顔色などを伺っただけで、何かわかったらしい。さすがは、接客業でも客の機嫌を伺うことに長けているスタイリストだからか。

 とりあえず、関門をひとつ突破したことになるのだろう。


「んじゃ、行きましょうか? 俺よりも、親父の方がやばいですけど」
「お父さん?」
「こんないい人でも、親父はまだ半信半疑だからなあ? 前のあいつのこともあるし」
「……美兎さんを傷つけていた人ですか?」
「そーそ。香取さんと比べるまでもないですよ」
「……そうですか。ところで、お兄さん。無理に敬語はいいですよ? 僕のは癖のようなものですが」
「あ、マジ? 俺の方が年下なのに?」
「ええ、構いません」


 兄に先を越された。と思うが、未だに敬語を外すのは美兎自身羞恥心に駆られるので、無理だ。

 とりあえず、湖沼の家に向かおうと美兎と火坑は手を繋いだままに。海峰斗は前を歩いた。


「香取さん、その大荷物何?」
「これですか? 僭越ながら、僕の手料理ですが」
「マジ!? (さかえ)で料理人してるって美兎に聞いたけど、何が入ってんの?」
「ふふ。それはお楽しみに」
「えー?」


 会ってまだ五分も経っていないのに、この打ち解けっぷり。どっちが兄弟かわからないくらいだった。

 湖沼の実家は駅から徒歩十五分程度。戸建てではあるが、借家なのでそこまで大きくはない。

 一応、海峰斗や美兎の部屋はそのままにしているが普段は両親二人だけである。ペットはいない。


「入って入ってー?」
「お邪魔します」
「母さーん、香取さん連れてきたー!」
「はーい。居間にお通ししてねー?」
「ほーい」
「ただいまー」


 ここからが本番。

 母もだが、父にも今の火坑を認められなければ。

 もっと先の未来でも、本当の意味で火坑とは結ばれないのだから。