ここは、錦町(にしきまち)に接する妖との境界。

 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。

 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。

 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵(らくあん)』に辿りつけれるかもしれない。









 田畑が地方にしか残らないようになってきた、名古屋。

 尾張(おわり)の国とも呼ばれていたはるか昔には、もっと景色は地平線も見えただろうに。

 己の知る景色はもうなく、代わりに石や鉄の塊である家家や大きな城のようなものが立ち並んでいる。

 己には少々住みにくい。中央に行けば行くほど、その鬱陶しさは重なるばかりだ。

 だが、望んでいる場所に行くためには、そこへと行かねばならない。


「大事な大事な、小豆も届けなくてはいけないからのぉ?」


 だからこそ、小豆洗いである自分は(さかえ)に行くのだ。錦の界隈にある、妖が営んでいる小料理屋。その店主が、己にと小豆を仕入れて欲しいと頼まれたのだから。


「たまには、一杯ひっかけたいからなあ?」


 店主の手がける美味の数々。もう随分と昔に食した切りだが、今でも鮮明に覚えている。消えていく伝承の中で、愚痴を聞いてくれたあの猫人の馳走を。

 そして、術よりもたまには人間達に揉まれるかと地下鉄とやらに乗ったが。意外と快適だった。

 仕組みも色々と変わっていたせいもあるが、以前よりはすんなりと乗れた。わざわざ切符を買わずとも良い方法があると仲間の小豆洗いに聞いたが、まさしく。

 これなら、いつでも来られるかもしれない。とは言え、仕事をせずに遊びに呆けているのもあまりよろしくはないが。

 そして、栄に降りたのはいいが。仕組みは以前とまた少々変わっていたので、出口がどちらだったか分からなくなっていた。

 オロオロしていると、後ろからとんとんと誰かに肩を叩かれた。誰かに。


「?」
「あの、失礼ですが。お困りですか??」


 振り返ったところにいたのは、人間にしては小綺麗で美しい女だった。

 妖の、目を見張るくらいの美貌ほどではないのだが、好ましい印象を受ける女。栗色の髪をしているが、丁寧に手入れが行き届いて触りたくなるくらい。

 だが、おかしい。

 小豆洗いは賃金こそは払ったが、人間に化けてはいない。妖のままだから、人間には普通見えないはずだが。


「……お嬢さん。儂が視えておるのかい?」
「あ、え? もしかして、妖……さん?」
「視える人間がいるのは珍しいのお。どれ、お嬢さんが困る。ちょっとまっとれ」


 ペシペシと横にしか毛のない頭を軽く叩いたら、小豆洗いは瞬く間に初老の老人へと変化したのだった。


「……えっと。おじさまは?」
「儂は小豆洗い。久しぶりにこの辺りに来たんじゃが、どうも勝手が変わり過ぎててなあ? お嬢さん……視えるんなら、錦の界隈に行ったことがあるかい?」
「あります!! ちょうど、ご飯食べに行くとこなので」
「そうかいそうかい。この老いぼれに、楽庵と言う店を教えてくれんかね??」
「あ、そこです。途中連れとも合流するんですけど、一緒にいきましょう!!」
「それはありがたい」


 偶然とは言え、(えにし)が結びついている気もするのだが。小豆洗いにとっては都合が良すぎた。

 湖沼(こぬま)美兎(みう)と名乗った女は楽しそうに、小豆洗いと話してくれていたが。

 愛らしさ以外に、色々加護があるのにびっくりですまなかった。であれば、もしやとは思ったが。

 界隈への角を曲がると、その正体がよくわかった。


「あら、珍しい? 小豆洗いじゃない?」
「……お久しぶりにございます、真穂(まほ)様」


 最強の妖の一角とされている、座敷童子の真穂。

 それが美兎を守っている加護となれば納得出来たのだった。